第83話 保護、そして
「とりあえず……このあたりから探そうか」
「ここなら、隠れ場所もありそうですね」
体育館裏は、床下にちょうど隠れられそうなスペースがあり、周りには茂みもあるので可能性としては最も高い気がする。
体育館からは、バスケシューズが鳴らす小気味いい音が聞こえてくる。
部活かあ……まあ、いまは似たようなことやってるかな。
とりあえず、茂みの中を探ってみる。
この間の猫探しの経験から、軍手をはめて俺たちは茂みをかき分ける。
ついこのあいだ、同じように猫探しをしたことがさっそく役立っているな。
「いないね……」
「私も、見つけられませんでした」
1箇所回ったぐらいで見つからないのは、こないだの経験からも想定内ではある。猫は自由だし、今はどこかに遊びに行ってるのかもしれない。
俺たちは続いて、部室棟の近くを歩いて探し回る。ちょっと見てまわったところで、このあたりは人の行き来が多いので、猫たちは安心して過ごせそうにないな、と思う。
あと、校門側の茂みも可能性としては薄いだろう。向かい側で住宅工事が行われているので、大きな音は避けて生活しているに違いない。
「あっちはどうですか?」
紬は、駐輪場の方を指差して言う。たしかに、あそこらへんは雨風をしのげて朝や夕方以外は人も避けられるスペースがありそうだ。
水道管やガス管が通ったりしている隙間を、ひとつひとつ覗いて確認する。
……いま、なんかこっちを注意深く見つめる視線を感じた。
「紬、こっちこっち」
俺と紬は、しゃがみこんで隙間をじっと見る。
「あそこにいますね……4匹いますか?」
「そうだね。母猫1匹と子猫3匹、だね」
少し離れていているので、俺たちは目を凝らして何匹いるか確かめる。
「俺、行ってくるよ」
「大丈夫ですか?」
「うん。大丈夫」
壁と壁の間はちょっと狭くなっているが、猫を救うためならたとえ火の中水の中……って、猫はそんなところには絶対いない。
俺が近寄ると、三毛猫のお母さんはシャーッと威嚇しながら後ずさりして、子猫はその後ろにさっと隠れる。
少しさびしくも感じるが、自然界で生き抜いていくためにはこのぐらい逞しくなくてはいけないのだろう。
捕獲器とかがあればいいんだろうけど、もちろんそんなものはない。
「蒼大くん、これを使ってください」
紬は心配してこちらにやってきてくれたらしい。紬は、俺に洗濯ネットを手渡す。
……これは!
「私も、蒼大くんみたいにいろいろ知っておきたいな、と思ったので、この前調べてたんです」
「そっか、これで捕まえられそう。ありがとう」
「えへへ、これで私も蒼大くんに近づけましたね」
ちゃんと、上から被せられるぐらい大きな洗濯ネットで、網目も粗いものを選んできてくれている。
「……捕まえたとして、どうしようか」
俺は近づこうとして、足を止める。
捕獲用の洗濯ネットはあるものの、運ぶようのキャリーケースはない。
「そうですね……なんとか、私たちの部室にまで運べたら良いのですが」
……部活に入ってない俺たちは、ぎりぎり合法的に占拠しているだけだけど。
俺たちは頭を悩ませて、そして猫たちはそんなことは知らず、俺たちと対峙して時間が流れていく。
「すまない。……遅くなった」
後ろからそう声をかけられて、俺たちは振り向く。
そこには、なぜかキャリーケースを持った早乙女先生が立っていた。
「え、先生!?」
「必要だと考えて、近くのホームセンターまで買いに行ってきた」
救世主だ……。 感謝してもしきれない。
……これで道具は揃った。俺はゆっくりと近づいていって、母猫にばさっとネットを被せる。
何が起こったのかわからなかったのか、あまり抵抗されることなく捕まえることができた。
ごめん、少しの間だけ辛抱して……。
続いて、子猫もみんな捕まえてキャリーケースに入ってもらう。
俺たちはキャリーケースを抱えて部室棟へと歩いていく。
「ありがとう。猫村と花野井のおかげで、すぐに保護できたな」
「いえ、先生がキャリーケースを持ってきてくださったからですよ」
実際、キャリーケースがなければネットのまま運んでいたところだった。
「あの、先生。この子たちを、しばらく保護したいのですが……」
「ああ、その件については心配いらない。ひとつ部室が余っているらしいからな」
早乙女先生は、少し柔らかく聞こえる口調で言う。
「それで……猫部、を創部したいです」
紬の突然の提案に、俺は驚いて紬の方を向く。
早乙女先生も驚いたようで、しばらくなんと返すか迷っている様子だった。
……普通の先生だったら、それは難しいとはねのけられそうな意見ではあるが、早乙女先生なら今回の件も考慮してくれるだろう、と少し期待もしてしまう。
俺たちは、先生が口を開く瞬間を恐る恐る待つ。
「……なるほど、面白い」
俺たちは、顔を見合わせる。よほど嬉しかったのか、紬は先生の前だというのに俺の手を握りしめている。
俺たちの青春は、いっそう鮮やかなものになっていきそうだ。
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