第82話 依頼

 「……やはり、猫好きなふたりは違うな」


 俺たちの勢いに若干気圧されたふうに、早乙女先生は目を丸くして呟く。


 猫好きなこと、どうして知ってるんだろ……と不思議に思っていると、すぐに早乙女先生は続ける。


 「学級日誌に登校時に出会った野良猫について書くほどだから、それもそうか」


 ……それ、俺だ。

 皆は今日も授業が眠かった、とか当たり障りのないことを書いたりするが、そればかりなのも……と思いつつ、大きなイベントも思いつかなかったので、そんなことを綴った記憶がある。


 「ああ、そういえば……花野井は、猫村が飼っている猫についても書いてたような」


 「……っ!?」


 早乙女先生が、遠くを見やりながら思い出して言うと、紬はびくっとして赤面する。


 「……話が逸れたな。本題に入ろう」


 わりとマイペースだな、と感じる。紬なんて、特に翻弄されている。

 ただ、いままで持っていたちょっとだけ近づきにくい印象は、だいぶなくなってきた。


 「実は最近、学校の敷地内に猫が迷い込んでいるという目撃情報が相次いでいる。

 万が一飼い猫が逃げ出したということだったらいけないから、捜索を頼みたい。お願いしてもいいか?」

 「「もちろんです」」

 

 俺たちはお互い顔を見合わせて、微笑みあってから先生の方に向き直り、頷く。


 「そう言ってくれると思っていた。詳しい情報は、ここにメモしてある」


 俺たちは、すっと差し出してきたメモに目を通す。


 「子猫も目撃されたことがあるんですね」

 「なおさら早く保護してあげたいね、紬」

 「そうですね、今日中に見つけてあげたいです」


 子猫もいるのなら、飼い猫という線は薄くなったな。学校周りに住んでいる猫が、迷い込んでしまっただけだろう、と推測する。


 「さっそく今日の昼から、探してもらえるか?」

 「はい、分かりました」


 始業式なんて出席せずに、いますぐ探しに向かいたいところを我慢して答える。



 

 今日の式典は、いつものようにまどろむことはせず、学校のどこに猫たちは身を隠しているのか、ずっと考えを巡らせていた。


 猫の気持ちになりきったら……まあ、雨風をしのげるところで……人の出入りが少ないところかな。もし餌をあげている生徒や先生がいたりするなら、その通りではないだろうけど。

 

 「……蒼大くん、もう皆移動し始めてますよ?」

 「え、あれ? もう終わったの?」


 紬は、俺の制服の袖を引いて教室へと連れて行こうとしていたところだったようだ。流石に、そこまで軽くはない。

 

 「はい。考え事、ですか?」

 「ちょっと猫の気持ちになってみてた」

 「……? あ、なるほど」


 紬は、一瞬広がる宇宙を眺める猫のような表情をしたけれど、意図を理解してくれたらしい。


 「あとで先生から、校内の地図をもらっておきます」

 「お、ありがとう。こないだみたいに、作戦を立ててから探しに行こう」

 「はい。蒼大くんの司令に従います」


 そう言って微笑む紬と一緒に、講堂の階段をゆっくりと降りた。




 お昼になり、新クラスの担任も発表されて皆は一息ついているところだろうが、俺たちはここからが勝負だ。

 あ、今年も俺たちの担任は変わらないようです。


 俺と紬は、廊下で待ってくれていた早乙女先生のところに小走りで向かう。


 「もし見つかったら、私まで連絡してくれ。私も、今日終わらせなければならない仕事を終わらせたら捜索に加わろう」

 「ありがとうございます」


 先生も協力してくれるのは、なんとも心強い。


 「期待しているぞ、猫村、花野井」

 「頑張ります」


 そう頷いて、俺たちは一旦捜索の準備を整えようと家に戻る。

 その道中、作戦会議を行う。


 「……どこにいると思いますか?」

 「ん……難しいね。隠れられそうな場所はたくさんあるし」


 ついさっき、先生から学校の地図を受け取ったが、ざっと目を通しただけで10近く、隠れていそうな場所があった。

 例えば、体育館の裏とか。


 「まあ、ひとつひとつあたっていくしかないね」

 「蒼大くんの言う通りですね」


 作戦会議はここまでで、俺たちはそれぞれの家で動きやすいジャージに着替える。


 

 学年カラーの青色のジャージを着た紬が、玄関から出てきた。

 微妙にサイズが合っておらず、少し袖が余っているが、そのおかげでただのジャージを可愛く着こなせているように見える。

 

 校門まで戻ってきたところで、紬は足を止めて俺に微笑みかける。


 「……なんだか、生徒会活動みたいですね」

 「たしかに。先生にこうやって仕事を頼まれるなんて、なかなかないよね」

 「一緒に、頑張りましょう」

 「そうだね、頑張ろう」


 ちょっと部活みたいだな、とも思う。猫部が存在するとかいう件の高校は、こんな風に活動しているのかな、と思いを馳せてみたりもする。


 俺は袖をまくって、紬と一緒に最初の捜索ポイントに向かった。


 





 

 




 


 


 


 


 


 


 


 


 

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