第75話 猫探し

 「どこから探していこうか……」


 俺たちは一旦家に戻り、公園周辺の地図を開いて作戦会議を行う。

 肩を寄せ合って地図を確認している俺たちを、きなことクロも見つめている。

 ……あ、地図の上に座るのはやめてほしいかな。


 「いなくなったところは公園の隣の家ですよね」

 「うん。おおかた、庭の塀を飛び越えたとかそんなところだと思う」

 「私も、あのときのクロにはそんな風に逃げられてしまったので……」


 紬は明らかにしょんぼりした様子だ。

 飼い始めたころは、猫の身体能力をあまり分かっていないので、そういうこともあると思うけどなあ。


 「……まあ、完全室内飼いの猫だったらあまり遠くには行かないはず。

 昔聞いたことがあるけど、室内飼いなら半径100メートル以内でたいてい見つかるらしいよ」


 猫は案外臆病だったりするので、ひとたび遊びに行ったとしても未知との遭遇に恐れをなすこともあるんだろう。

 3日経っていることを考えると、もう少し捜索範囲は広げないといけないかな。


 「流石ですね、蒼大くん。……猫も、寂しがりやなんでしょうね」

 「まあ、人間がそうだからね」


 紬がいつものように感心して言ったあと、ぼそっと呟く。

 俺はついニヤッとしながら、そんな紬の方を見やって言う。


 「はい、私はそうですけど……蒼大くんは、違うんですか?」

 「え、あ……いや……」


 紬はきょとんとした顔をして、尋ねてくる。澄んだ瞳が、じっと俺のことを観察している。

 ちょっとからかってみよう、と思って言ったけれど、返り討ちにされてしまった。


 「……紬がいないと、寂しいよ」


 ……それに、きなことクロもいないと。

 恥ずかしいけれど、俺は本心からの言葉を正直に口に出した。


 「蒼大くんのその言葉も聞けたことですし、さっそく探しに行きましょう」

 「……そうだね」


 紬は、してやったりと言わんばかりの表情を見せる。けど、嬉しそうに両手を合わせているのは見逃さなかった。




 「まず、公園の茂みから探してみようか」

 「そうですね。手分けして探しましょう」


 俺たちは、捜索の準備を整えてから再び公園へとやってきた。

 クロも以前ここにいたわけだし、可能性としては高いと思う。


 野良猫もいたりするし。

 ……いや、野良猫がいたらテリトリーを巡って争いが起こりそうだな。


 しゃがみこんで、茂みの奥を覗き込んでみるが……猫の姿は見当たらない。

 

 「蒼大くんの方はどうですか?」

 「いや……見つからないなあ」


 紬は俺の方に近づいてきて、服にくっついてきた葉っぱを払ってくれる。

 俺も、紬の頭に引っかかっていた小枝を、髪を引っ張らないように慎重につまむ。

 紬は、目を細めて小枝が取れるまでじっとしている。


 「他の場所にも、行ってみましょうか」

 「うん」


 俺たちは、作戦会議のときにあらかじめ探そうと決めたポイントをひとつひとつ回ることにした。



 公園を出たあと、道の脇の植え込みを全て確認していったが、猫はどこにもいなかった。

 

 そろそろ夕方になるし、早く見つけたいところだ。


 「……どこにもいないね」

 「はい……どこに行ってしまったんでしょうか」


 紬は、まるで自分のことのように肩を落としている。その様子から、紬の優しさが伝わってくる。


 「もう一度だけ、公園を見ていきましょうか」

 「うん。それで、行きは通らなかった道を通って探しながら家に戻ろう」

 「そうしましょう」


 猫は夜行性だとは言え、夜中に交通事故にあってしまったらどうしよう、などと考えてしまう。


 なんとしてもここで見つけたい、と思いながら俺たちは公園に戻ってきた。

 しばらく茂みを探っていると、紬が口を開いた。

  

 「……いま、がさっと音がしました」

 「え、そう?」

 「はい。……どのあたりでしょうか」


 耳をすますと、葉を踏んだときのかさかさという音が聞こえたような。


 紬と俺は、だいたい見当をつけて茂みを覗いてみる。


 「蒼大くん、蒼大くん」


 紬は早く来て欲しい、と手招きをする。

 もしかして……!と思って、俺は紬のもとに駆け寄る。

 貼り紙の写真と同じ、磨かれた宝石のような水色の瞳が、恐る恐るこちらの様子を窺っていた。赤色の首輪もつけていて、間違いなく同じ猫だ。


 「……良かった」

 「はい。……ほんとに」


 お互い顔を見合わせて、ほっと胸を撫で下ろしてから、俺は手をゆっくりと伸ばす。


 挨拶として、すんすんと俺の手を匂ってから、俺の手に身を委ねてくれる。


 「飼い主さんに電話して、送ってあげましょうか」

 「そうだね。……あ、ノミとかついてたらいけないから軽く家で体を拭いていこうかな」

 「そうですね。お水を怖がらないようなら、お風呂に入れてあげたりしてもいいですね」


 俺は「ちょっと窮屈だけど、すぐ開けるから」と謝りながらキャリーケースに入ってもらった。


 これで、飼い主さんがこれ以上寂しい思いをすることはないと思うと、心が軽くなる。

 軽い足取りで、家までの帰り道を急いだ。


 

 



 


 


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