第74話 思い出の場所

 「久しぶりのお出かけ、ですね」

 「そうかなあ」


 紬と一緒に今日のご飯の買い出しに行こう、ということで俺たちはスーパーへと歩く。


 最近ホワイトデーの準備とかで買い出しに行ったので、久しぶりという感覚はあまりないけど……?と思いながら返す。


 ……が、さっきまで上機嫌そうなオーラを隠しきれていなかった紬の表情が、若干曇ったような。


 「一緒に出かけるのが、です」


 察しが悪い、と言わんばかりに紬は少し頬を膨らませる。

 先月、お誘いを断ってひとりで出かけたのにヤキモチを焼いているらしい。

 ちょっと、微笑ましい気持ちも感じる。


 「……今日は、紬が行きたいところはどこでも行こう」


 けど、やっぱり申し訳なさも感じて、俺は提案してみる。


 「ほんとですか」

 「うん。どこでも、いいよ」

 「じゃあ、今日は……私が満足するまで付き合ってもらいますから」


 嬉しそうに紬は微笑んで、こちら側を振り向く。まるで今からの季節に咲く花のように、可憐な微笑みを見せてくれる。

 そんな紬の頭に、自然と手が伸びた。


 「……び、びっくりしました」

 「ご、ごめん」

 

 紬は一瞬身を縮めて、俺は紬の頭に触れるのをやめる。


 「……い、嫌だったわけではないです」

 

 俺が手を引っ込めると、紬はぼそっとそう呟いて、俺の手を優しく握る。


 「なら、続けてもいい?」

 「はい。これも……満足するまで、お願いします」


 そうは言ったものの、外で頭に触れられるのは恥ずかしかったのか、5秒ぐらいで限界が来たみたいだった。


 

 「……そのままスーパーに来ちゃったけど、良かったの?」

 「はい。……行きたいところ、ですから」

 「そっか、なら良かった」

 「……まったく」


 紬に残念なものを見るような目をされたような気がするが、まあ気のせい……だろう。

 というか気のせいであってほしい。


 「なにか買いたいものとかあるの?」

 「そうですね、キャットフードがもう少しで切れてしまうので、それと……蒼大くんと一緒に食べられるものを買って帰りたいです」

 「わかった。荷物持ちは任せて」

 「はい。頼りにしてます」


 紬はにっこり笑って、ゆっくりと歩き始めた。

 もし一緒に食べたいもののリクエストがお米だったとしても、抱えて持って帰る力は湧いてきそうだ。




 「重くないから、大丈夫だよ」


 買い物を終えてスーパーを出るやいなや、紬に心配をかけないように声をかける。心配して今にも声をかけてきそうな表情だったから。


 「……分かりました。もうひとつ行きたいところがあるので、ついてきてもらえますか?」

 「うん。どこでも行くよ」


 そうして、俺は紬に連れられるままに歩く。

 どこに行くんだろう、と思いながら歩いていると、紬は公園の入口で足を止めた。


 「……懐かしいですね」

 「そうだね。今日も、猫いたりするかなあ」


 俺とクロが出会い、紬との距離が縮まるきっかけになった場所。あの日は、澄んだ空が広がっている今日とは違って雨が激しく降っていたな、としみじみと思い出す。

 クロのお陰で、今の日々があるんだなあ、とか考えてみたりする。


 「久しぶりに、ブランコに乗ってみたいです」


 紬はブランコを指差して、「蒼大くんも、行きましょう」と言って誘ってくる。

 俺は紬の方を向いて頷き、ブランコへと歩く。


 「……ここも、蒼大くんと行きたかったところです」

 「俺も、いつか紬と行きたいな、とか思ってた。思い出の場所だから」

 

 俺たちはブランコに腰を落ち着けて、思い出を振り返りながらお互いの顔を見て話す。

 例の、雨宿りをしようとした休憩場所がちょうど見えて、あの日のことがまるで昨日の事のように思い出される。


 「……ほんとに、懐かしいです」

 「うん」


 俺たちはしばらく時間を忘れて、ブランコに腰掛けていた。

 ぎいぎいと鳴る錆びついたブランコの音さえ、心地よく感じられるような時間だった。



 「そろそろ、帰りましょうか。……家でも、一緒に過ごしたいですし」

 「うん。紬が満足したなら、次の場所に行こう」


 紬は先に歩き出して、俺はそのあとをゆっくりと追いかけて歩き出す。


 けれど、紬は公園の出口の手前で足を止める。

 「どうしたの?」と声をかけようとしたときに、紬が何を眺めているのに気付いた。


 「……見つけてあげられないでしょうか」

 

 紬は、心を痛めているような表情で、電灯の柱に貼られた紙を見ている。

 そこには『猫、探しています』と書かれていて、首輪をつけた可愛らしい猫の写真があった。

 クロが迷子になった経験もあるからか、紬はとてもやりきれないような、悲しそうな顔をしている。……どうにかしたい。


 「うん……3日前、かあ。闇雲に探しても見つからないだろうから、検討つけて探してみようか」

 

 一旦家に荷物を置きに行こう、と紬に声をかけると、こくこくと頷いてみせてくれる。

 春らしい暖かなそよ風が、俺たちに慌ただしさを運んできたらしい。







 





 


 


 


 


 

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