第73話 お祝い
いろいろあった3学期も、「一月往ぬる二月逃げる三月去る」と言うように終わってみるとあっという間だった。
本当に、いろいろあったけれど。
そんな風に日々は過ぎていったが、紬は今日も変わらず俺の家にやってきてくれた。
そして、今日は3月22日。紬の誕生日から1ヶ月……ということは、俺の誕生日だ。
紬は、少し得意気な表情でケーキとプレゼントを机に置く。何をプレゼントしてくれるのか、楽しみで仕方がない。
「おめでとうございます、蒼大くん」
「ありがとう。……プレゼント、さっそく開けてみてもいい?」
「もちろんです」
紬は大きな音が鳴らないクラッカーで祝福してくれる。
きなことクロのことも思いやってるんだなあ、とその優しさに心が暖まる。
「いいの……? こんなにもらっちゃって」
プレゼントが入った箱を覗き見て、俺は嬉しいと思いながらついそんなことを言ってしまう。
箱の中には、財布と小さな猫のぬいぐるみが2つ入っていた。
「はい。いつものお礼、です。これでも足りないかな……と思っていたところなんですが」
この前のホワイトデーと同じように、そこまで俺は紬の役に立ててるのかな、とちょっと思ってしまう。
「……蒼大くんは、もっと素直な反応を見せるべきだと思います。クロやきなこちゃんの方が、喜んでくれますよ?」
少し自問していたのを、紬は逃すことなく察知する。
せっかくプレゼントしてくれたのに、そう言わせてしまうのはなかなか罪深い、我ながら。
ここから巻き戻さないと。
「……そんなに素直じゃないかなあ、俺」
「はい。新しいおもちゃを買ってきたときのクロの方が、喜んでる気がします」
「そ、そんなに!?」
「流石に冗談です」
くすっと紬は微笑んで、そう返してくる。
たしかに、そんなときはきなこも遊んでとアピールするように尻尾をぶんぶん振って喜んでくれる。
あれ……もしかして、猫よりも感情表現下手だったりする?
「……素直な感想、欲しいです」
紬は、急に恥ずかしそうにうつむいて、そうおねだりしてくる。
「うん。……こんなにもらえて、嬉しい。お財布はほぼ毎日使うから、紬にプレゼントしてもらったことをいつも思い出せるし、このぬいぐるみも机に飾って毎日眺めれるね。このぬいぐるみ、紬の手作りだよね?」
「そ、そうですよ」
俺がいきなり長めの感想を言うと思っていなかったのか、紬は少し驚いていたようだったけど、嬉しそうに胸を張る。
「……ケーキも手作りですから、食べてみてほしいです」
「わかった。すごく美味しそうで、早く食べたいと思ってたんだ」
「……いきなり、褒め殺しですね」
紬が微笑みながら見守るなか、俺はケーキを一口食べる。
ケーキはこの間俺が選んだのと違って、チョコレートケーキだ。
一切れ一切れ既に分けてあるので、猫たちに襲われる心配は少ない。
求めていた程よい甘さが、じんわりと広がる。なるべく長い時間楽しめるように、小さく小さくケーキをフォークで分けていただく。
「紬も、一緒に食べよう?」
俺はそう誘ってみる。内心恥ずかしすぎるが……素直な気持ちを大切に、だな。
「ほ、ほんとに蒼大くんですか?」
そう言いながら、紬は俺の匂いをすんすん嗅ぐ。あまりにも猫的な行動。
……どんな印象を持たれてたんだ、俺。
「……ありがとうございます」
ほんとに猫村蒼大だったらしく、紬はぱくっと俺が差し出したケーキを食べる。
美味しそうに頬が緩むのを眺めながら、またケーキを口に運んだ。
ケーキを食べ終えた俺は、しばらくしてぬいぐるみを机の上に飾りに行こうとする。
紬は、「お皿、洗ってから行きます」と言っていた。
別に気を遣わなくていいのに、と思って引き止めると、紬は微笑んで、「すぐ終わりますから」と続けた。
俺はとりあえず納得して、自室に向かう。
「……可愛らしいな」
俺は自室の机に、どこに置いたらよいか試行錯誤しながらぬいぐるみ2つを飾る。
「ちょっと、紬に似てるような……って、クロをイメージして作ったんだろうけど」
やっぱり飼い主と猫は似るのかな。
小さいがゆえの可愛らしさとか、もろ紬じゃないか。
「……大事にしよ」
2つのぬいぐるみの耳に触れて、撫でたあとに、もう一度紬に似ているほうのぬいぐるみの耳を撫でた。
「……この16歳の1年も、紬に俺ときなことクロで幸せにゆったり過ごす日々をプレゼントしていこうと思う。どうかな、紬?」
「い、いつから気付いてましたか」
まるでだるまさんが転んだをしているかのようにじわりじわりと紬が近づいてきている気配は感じていた。
「ぬいぐるみを撫でてるときぐらい……って、あれ見られてたのはなかなか恥ずかしい」
「私としては、あれが見られて満足です。……はい。これからも、楽しみにしてますね」
紬は、春の訪れを告げるような暖かな表情を見せる。
俺は手を伸ばしてみて、紬の頭を優しく撫でると、紬はくすぐったそうに、でも嬉しそうに目を軽く瞑った。
まあ、この時の俺たちは、幸せな日々ではあるけれど慌ただしい毎日がすぐにやってくるということは、知らなかったんだけど。
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