第71話 紬の誕生日②
「ケーキを食べたばかりだけど、いまから誕生日プレゼントを渡してもいい?」
「あ、ありがとうございます。……そんなにいただけるなんて、私は幸せ者ですね」
どんなものだったら喜んでくれるかな、とずっと考えていたので、紬の笑顔が見れると嬉しい。
渡す前からもう既に笑顔なので、期待に添えるといいな……と思いながら部屋からラッピングされたぬいぐるみを持ってくる。
「……喜んでもらえると嬉しい」
「もう、喜んでますよ」
俺はラッピングに包まれたぬいぐるみを、柔らかな微笑みを見せる紬に手渡す。
思ったよりも大きな包みだったからか、紬はどう持つべきか迷ってから、両手を広げて包みを抱きかかえる。
「おっ……と」
紬が一瞬ふらついたように見えたので、瞬時に手を伸ばして腰のあたりを支える。
「わ、ありがとう……ございます。
さっそく、開けてみてもいいですか?」
「うん。開けてみて」
紬が丁寧にぺりぺりと包みを取っていくのを見守る。
包みの中から、可愛らしい猫の大きいぬいぐるみが顔をのぞかせると、紬は「わあ……」と言いながら目を輝かせる。
「ありがとうございます。これで、1人のときも隣に蒼大くんがいるような気がしそうです」
紬は、それだけで十分すぎるぐらい嬉しい言葉を言ってくれたけど、まだなにか伝えてくれようと考えている。
「……決めました。蒼大くんがいないときは、このぬいぐるみを蒼大くんだと思って一緒に寝ます」
紬はぬいぐるみをぎゅっと抱きしめたまま、微笑んで言う。
それは……ちょっと、そのぬいぐるみになりたいな、とか思ってしまうな。
「……去年、入試前で誕生日を祝ってもらう時間はないかな、と思ってたらサプライズで祝ってもらったとき以上に、嬉しい誕生日です」
「そこまで喜んでもらえて、俺も嬉しい」
遠出して買いに行って良かった、と心から思う。
と同時に、紬の両親は優しい人なんだな、と感じた。これも、今日紬について初めて知ったことにカウントしておこう。
なにを思いついたのか、紬はぬいぐるみを抱きかかえたままとことこと歩き出す。
なにをするんだろ、と思っているとベッドにごろんと寝転んだ。
「お……びっくりした」
構ってほしいときにきなこがするみたいな行動だ。きなこの場合、それから俺にお腹を撫で回されてゴロゴロ喉を鳴らすまでがセット。
「……蒼大くんの前でなら、こんな姿を見せても大丈夫、ですよね?」
「お、うん。そのまま昼寝してもらってもいいよ?」
他の誰にも見せないような、力を抜ききった様子でぬいぐるみと一緒に横になっている。
「……安心、できます」
紬はぬいぐるみの猫の頭を撫でながらこちらを見て、そう言う。
クロは、そんな飼い主を見て多少の危機感を覚えたのか、ベッドの上に飛び乗る。
「クロもいると、さらに暖かいです」
クロの喉を撫でて、紬は慈しむようなまなざしをクロに向ける。
……クロ、危機感を覚える必要はないみたいだよ。
紬は少しうとうとしているようだったので、俺はゆっくりと扉を閉め、部屋から出る。
思った以上に、心臓はばくばく音を立てていた。無防備な紬を見て、平常心でいられるはずはない。
……ぬいぐるみになりたい。
あ、待ってほしい。なにか勘違いされてそうだけど……いっか。
まあ、あの幸せな空間を眺めているだけで俺は幸せだ。俺も、きなこを撫で回すとしようか。
そう思ってしゃがむと、肩にそっと小さな、暖かな手が触れたのに気づいた。
「蒼大くんがいるときは、蒼大くんのことを……その……」
紬は、恥ずかしさが限界に達したのか、振り向いた俺に顔を見せないようにしている。
「……ん、どうしたの?」
そんな可愛らしい紬に、ちょっとだけ意地悪をしてみたくなったりもする。……年上の余裕、見たいしね。
「……つ、ついてきてください」
「分かった」
紬に促されるがままに、俺は寝室へと戻る。
ベッドの上には、もう夢の世界に行ってしまったクロとぬいぐるみがいる。……ふたりもベッドに収まるかなあ。
「その……一緒に、お昼寝……したいです」
「うん、いいよ」
紬は相変わらず俺の服に顔をうずめている。……耐性があるのかないのか、分からないな。前にも一緒に寝たことはあるけどね。
クロの眠りの邪魔をしないように、慎重にベッドに入る。
「……暑く、ないですか?」
「むしろ、ちょうどいいくらいだよ」
紬が腕を俺のお腹に回してくる。程よい力で抱きしめられていて、心地よい。ぬいぐるみになった気分。
「……おやすみなさい、蒼大くん」
「うん。おやすみ、紬」
ともすれば、このまま夕方とかまで寝てしまいそうだな、と思いながら目を閉じた。
「……1ヶ月後、私も蒼大くんを幸せにしますね」
「……俺は、紬が嬉しそうだと幸せだよ」
「……そう言ってもらえるのは嬉しいですが……とにかく、期待しててください」
「うん、楽しみにしておくね」
目を覚ますやいなや、紬に宣言されたので、俺は微笑みながら返す。
はっきりと周りが見えるようになった目で横を見ると、この世の楽園のような眺めが目に入った。
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