第70話 紬の誕生日①
「なんで今日は祝日じゃないんだ……」
2月22日。猫の日だぞ。
国民の祝日にするべきだと思うので、今年こそは国会でぜひとも審議してもらいたい。
まあ今日は日曜だから、1日中紬の誕生日を祝えるというわけだ。今年は目をつぶるので、来年はよろしくお願いします。
プレゼントも用意したし、あとはこれからケーキを買いに行くだけ。紬には10時過ぎぐらいに来てもらったらいいかな。
その旨を伝えるメッセージを送ったあと、俺は近所のケーキ屋へと向かう。
「……どれがいいだろ」
ショーケースの中のケーキたちをじっと見つめながら、俺のセンサーに引っかかるものを探す。
チョコレートケーキもありだし、フルーツケーキもありだ……モンブランも甘くて美味しそう。
そういや、紬の好物や苦手な食べ物をまだあまり知らないかもしれない。
結局、俺はフルーツケーキを選んだ。華やかな見た目をしているし、クロやきなこが舐めてしまったときの心配をさせたくないというのもあったりする。
……喜んでくれたら嬉しいな。
紬の足音が聞こえてきて、俺は心を弾ませて玄関に立つ。
「紬、誕生日おめでとう」
いつも通りぺこっと頭を下げてから家に上がった紬にお祝いの言葉をかける。
「ありがとうございます。蒼大くんに祝ってもらえて、嬉しいです」
紬は柔らかな微笑みを見せて、こちらを見上げる。
「それに、蒼大くんよりもひとつ年上になれたのも嬉しいですね」
「……あと1ヶ月したら追いつくから」
「ふふっ。しっかり覚えてますから、蒼大くんも誕生日は楽しみにしててくださいね」
「うん。これから1ヶ月、楽しみにしてる」
まだなにも渡していないのに、紬はとても嬉しそうだ。これからケーキやプレゼントを出したら、どんな表情を見せてくれるんだろう。
「ごめん、玄関でずっと立ったままだったね。どうぞ」
「いえ、大丈夫ですよ」
紬は、既にリビングへと歩き出しているクロを微笑ましそうに眺めている。
俺たちは、クロの後についていってリビングに入る。
「まずは、誕生日ケーキがあります」
「ありがとうございます。……ケーキ、蒼大くんも一緒に食べますよね? いえ、一緒に食べましょう」
「一切れとかでいいからね」
そう言って、俺は冷蔵庫から先ほど買ってきたばかりのケーキを取り出す。
そしてろうそくに火を灯し、紬の前にケーキをセッティングする。
「どうぞ」
「はい……!」
紬は、一本一本ふぅふぅと息を吹きかけてろうそくの火を消していく。
ちょっとだけ、その表情を写真で残しておきたいな、とか思ってしまった。画面越しで見るよりか、この目で見たほうがいいという正常な判断はぎりぎりできた。
「たくさんフルーツが載ってて、美味しいです」
「良かった……」
一切れのケーキをさらにフォークで小さくして、紬は口に運んでいく。「ん……美味しい」という声が漏れているのに気づいて、嬉しくなった。
「蒼大くんもどうぞ」
一切れ目が半分なくなったぐらいの頃に、紬はフォークに刺したケーキを俺に近づけてくる。
「え、いや、大丈夫だよ。紬が食べてる途中だし」
もし余れば、俺もいただこうかなという感じだったから。
と思っていたが、紬はぐいぐいと近づけてくる。
「……恋人どうしなら、これくらい普通だと思います」
「……それも、そうだね」
真正面でじっと見つめられているのはちょっと恥ずかしいな、と思いながらぱくっとケーキを食べる。
「甘くて、美味しいですよね」
「うん。このケーキを選んで正解だったね」
ケーキ本来の甘さよりも、さらに甘さが加えられているような気がした。
「残りは、またあとで食べませんか?」
「分かった。ちょっと大きすぎたかなあ」
「いえ、幸せは後にも残しておきたいな、と思っただけですから……安心してください」
やっぱり天使だ、と思わせるような微笑みを紬は見せる。
しばらく固まってしまって、「冷やしておいたほうがいいですよね……?」と聞かれてからやっと俺は再起動した。
「……クロたちも、生クリームが好きなんでしょうか」
食べ終えた分のお皿を片付けようとしていると、クロときなこが机に上がってきた。紬はすんすん匂いを嗅いでいる2匹の背中を撫でながら、口元を緩ませる。
「そうかも。猫ケーキ、ってものがあるらしいから、今度きなこの誕生日に買ってみようかなって」
「蒼大くんは、本当に物知りですね」
紬に褒められて、照れくささを感じる。
けど、それはすぐに別の感情に変わった。
「……私のことも、もっと知ってもらいたいな、なんて思ってしまいます」
紬は、頬をほんのりと赤らめてぼそっと呟く。
「……もっと頑張ります」
「はい。蒼大くんには……いろいろ、知っててもらいたいです」
まだまだ知らないことばかりだろう。これから……たくさん知っていきたい。
まずは……誕生日プレゼントをもらったときの反応、からだな。
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