第69話 プレゼントを買いに
「やっと終わった……」
テスト4日目、放心状態で俺は握っていたペンを離す。
テストだけならここまで疲労困憊にはならなかっただろうけど、バレンタイン戦争の最前線にいたので……。
「帰りは、ペットショップとかに寄り道しませんか?」
「あ、ごめん。今日はちょっと、やりたいことがあって」
紬は疲れ果てた俺を見てくすりと笑いながら、魅力的なお誘いをしてくる。
けれど……今日は本当に厳しいんだ。
「……たまにはそんな日もありますよね。また明日、蒼大くん」
「お、うん。また明日」
紬は普段通り微笑みかけてくれたが、一瞬寂しそうな顔が見えた。小さく手を振る紬に、俺は応えて反対方向へと歩き出す。
振り返って、紬の誕生日プレゼントを買いに行くだけなんだ……と心の中で謝りながら小さくなっていく背中を見送る。
……うう、走って駅まで行くか。
結局、電車の待ち時間があったので走った意味はあまりなかった気がする。
「……これだ。期待通りのもふもふ度合いだな」
急いで駅の中にある百貨店の、お目当てのものがある階まで上がってきた。
もふもふで、抱きまくらにしたらきっと気持ちいいだろう大きな猫のぬいぐるみを、俺はプレゼントに選んだ。
「……よし、帰ろう」
俺はそのぬいぐるみを抱きかかえて、エスカレーターへと向かう。
「あ、猫村くんじゃん」
「お……どうしたの?」
「テスト後の息抜きだよー、猫村くんもそうでしょ?」
「うん、俺も……そうだね」
相良さんは周りの女子の友達ふたりに、「ごめん、他のとこ見てて」と両手を合わせてからこちらへ近づいてくる。
「それ、なに持ってるの? ずいぶん大きそうだけど」
「これ? ぬいぐるみだよ」
バレンタイン戦争のさなか発せられた紬の衝撃発言はどう受け止めているんだろう、と思いながら話を続ける。
「猫のぬいぐるみだったりするの?」
「そりゃもちろん」
「そっか、流石猫村くんだね」
案外普通に会話が続いてるな、と内心ほっとする。……鈍感だとか煽られる俺でも、たぶん多少なりとも好かれていることには気付いている。
「あ、そうそう。1個聞きたいことがあるんだけど」
相良さんは、さっきまでと同じ楽しそうなトーンで話しかけてくる。
「……花野井さんとは、付き合ってるの?」
やっぱりそう来ますよね。
「……うん。気付かれてた?」
「まあ、なんとなくそうなのかなーって。最近はたぶん皆気付いてるけどね」
あっけらかんとした風に、相良さんは言う。
次になんと話しかければ良いか分からず、俺は口をつぐむ。
「猫村くんの魅力に気付くのが、遅かったみたいだね」
「あ、え……ありがとう。……いや、ごめん」
「なんで猫村くんが謝るのさ〜」
あはは、と笑いながら相良さんは俺の肩をぱん、と突っ込むように叩く。
「ま、これからも友達でいてくれると私は嬉しいかな? ……もう少し遅かったら、それだけじゃ済まなかったかも知れないけど、気まずくもならないし、このタイミングで良かった」
「うん。そのことは約束する」
俺が頷くと、相良さんは快活そうに笑いながら「ありがと、これからもよろしくね」と言ってくる。
「それで、花野井さんとはどうなの? イチャイチャの内容、聞かせてよ」
「紬は……学校ではそこまで喋らないけど、ふたりのときは俺より喋ってくれるし。もふもふな部屋着着てるときは撫でたくもなる。寝ても寝たりないのか、学校でうとうとしてるのもずっと見てられる」
「猫村くん、猫について語るときぐらい目が輝いてるね」
「え……あ、まじ?」
「うん。まじまじ」
たしかに、普段あんまり喋ってないような気がする俺史上最高の長文だったかもしれない。
「う……恥ずかしい」
「大丈夫だよ〜、誰かに言ったりしないから。なんか……いまの猫村くんを見てたら、それで満足かも。じゃあ、またね」
相良さんは、明るい笑顔で手を振る。……って、いつの間にか1階まで下りてきてるじゃん。
「それってプレゼントでしょー? 頑張って渡してあげてね。あ、私もホワイトデーのお返しは待ってるよ」
「気付いてたんだ。……頑張って作ってみる」
少し離れていったところで、相良さんは付け加える。
「じゃ、今度こそまたね。健闘を祈ってるよ」
「ありがとう」
相良さんの明るさに、かなり救われた。
……さて、帰るとするか。
「……1人で猫カフェ行ったりしてませんよね?」
「行ってないよ?」
家に帰ってしばらくすると、紬が家にやってきてそう問い詰めてきた。俺の返事を聞くだけでは足りなかったのか、近づいてきてすんすん匂いを嗅いでくる。
「……またいつか、行きましょうね。そのあとはしっかりシャワー浴びるので」
「そうだね。春休みとかでも、行けたらいいな」
家をカフェっぽくして、猫カフェをここに作ってしまうのもアリだなとか考えた。
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