第68話 戦場(?)
翌朝、テストのために勉強するか……この詰め込みが大事なんだよな、と言い聞かせて布団から抜け出す。
「すまん」
きなこが俺の腕に手を載っけて寝ていたのを下ろしてしまったみたいで、俺は大あくびをして不満そうなきなこに謝る。
「……なんだこれ」
まだ4時半じゃねえか、早起きにしても早すぎるなと思いながらスマホを開くと、大量の通知が溜まっていた。
クラスの男子グループが盛り上がっていて、いまも通知が鳴り止まない。しかも俺をメンションしてるのもあるし。
『おい……猫村ぁぁぁ』
『俺たちは1つももらってねえと言うのに……』
『あの距離感、おかしいだろ!? 付き合ってんのか!?』
とりあえずトーク画面をそっ閉じしておいた。
……まあ、勉強するか。
今日の出題範囲の内容を振り返ったり、朝食を食べたりしていると、昨日とほぼ同じ時間帯に紬が家にやってきた。
「おはようございます、蒼大くん。今日もいろいろ、教えてもらえますか?」
「うん。早く起きて勉強してたから、ばっちり教えられると思う」
昨日と同じように、俺はネクタイを締めてもらう間じっとしておく。紬は鼻歌を歌っていて、ご機嫌な様子だ。
袖を軽く引っ張られたので、俺は再び身をかがめる。
襟が曲がっていたみたいで、紬はそこまで直してくれた。
「行きましょうか」
「……ありがとう。そうしようか」
5年後、10年後もこんな風だったらいいなあ……と昨日に引き続き想像しながら歩き出す。
「……昨日は、ついアピールし過ぎてしまったような気がします」
「そうかなあ。まあ、前は紬が恥ずかしいから、って理由でなかなか学校で表に出さないようにしてたから、紬がいいなら大丈夫だけどね」
きっと悩んで、布団の中でジタバタしてみたり、クロに聞いてもらったりしたんだろうなと思うとつい口元が緩む。
俺は紬を安心させようと、微笑みかけて言う。
「たしかに、元はと言えば私がそう言ってましたね。……でも、最近は恥ずかしさよりも危機感の方が勝ってしまうと言いますか」
ちょっと眉を下げて、そんな自分に少し困ってもいる、というような表情だ。
けど、独占欲が前面に出ているときの紬は、猫の可愛さを上回ってしまうぐらい可愛らしい。
……たしかに紬の言う通りで、関係を隠すことによる害の方が大きくなってきそうではあるな。
でもどうやって気付いてもらうべきか分からず、昨日の難問に続いて現れた新たな問題に頭を悩ませながら学校へ歩いた。
学校に着いてしばらくそれぞれ集中して勉強していると、昨日より早くクラスメイトたちが登校してきた。
「おはよ、猫村くん。昨日のチョコ、美味しかった?」
「あ、うん。美味しかったよ」
「良かった……!」
きらきらと目を光らせている相良さんとは対称的に、じぇらあ……と湿っぽい視線が向けられている。
相良さんが嬉しそうな足取りで席に帰っていくのをぼーっと眺めていると、横から丸めたメモ紙が飛んできた。
『鼻の下伸ばしてる蒼大くんなんて、もう知りません』
伸ばしてないけどね……? ふ、ふつうに返したけどね?
「……冗談ですよ」
ふふっ、と微笑む紬を見て、からかわれたんだなと気付く。
そろそろ朝礼の時間ということで、一気に教室の人口密度が上がる。
男子たちは寝不足なのか顔色悪いぞ……メッセージ送り合ってないで寝とけば良かったのに。
「いやいや……猫村が花野井さんと相良さんから……ないない」
「そうだよな〜。顔はまあ整ってる方なんだろうけど、別に目立つわけでもないしな。猫ばっかりで女子と喋ってるイメージないし」
「クリティカルヒットしてるぞ」
こっちは冗談にしてはなかなか抉ってくるな……と思いつつ、俺は苦笑いで対応する。
彼らは現実逃避しているのかはたまた寝不足なのか、虚ろな目をしている。
「……なにか、言いましたか?」
小柄な紬が、にこやかに微笑んでいるだけなのにかなりの圧を感じる。
「いいい言ってません」
「なら、良かったです」
男子たちがふるふると慌てて首を振ると、圧がなくなり普段通りの紬に戻った。
あいつらは「私の名前も聞こえてきた気がするな〜」と、今度は相良さんにも詰め寄られている。
「……蒼大くんは魅力的だと、私は思ってますので」
「「「え」」」
昨日みたく、またもや教室全体の動きが止まった。デジャヴ。
……なにこれめっちゃ照れる。
「あ……ありがとう」
さっきまでの不穏な雰囲気はどこへやら、嬉しそうな紬と、なにかぼそっと呟く相良さんと、ぽかんとしたクラスメイトが目に入る。
……今日のテストは集中できそうにないな。
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