第64話 はじめての
「……でも、紬はアルコールに弱いんだね」
ちょっとクールダウンがてら、俺たちは布団に落ち着いて座って話をする。
「蒼大くんはちっとも酔わなかったですし、そうなのかも知れません」
「これからは気を付けた方がいいかもね」
「……気を付けます」
料理酒とかは大丈夫なんだろうか……とふと疑問が頭に浮かぶ。
加熱したらアルコールは飛んでいきそうだし、大丈夫かなあ。味見のときとかが心配ではある。
「でも、紬の深層心理……?みたいなものが垣間見えたみたいで可愛かったなあ」
「……もっとアルコールが含まれているチョコレートを探してきて、蒼大くんに食べてもらいます」
「……それより、お酒が飲めるようになるのを待った方がいいんじゃない?」
「蒼大くんの言う通りですね」
俺が酔って本音を言う、ということにならなかったのがまだ少し不満なのだろうか、と思っていると、紬の表情はいつの間にやら明るくなっていた。
ずっとほろ酔い紬に翻弄されてて、全く飲み物に手を付けていなかったな。一旦冷蔵庫の親が持ってきてくれたジュースでも飲むか。
あ、これは普通にそこらへんのスーパーで買ってきたものらしいので大丈夫です。
「ん〜、美味しい。紬も飲む?」
「はい。ありがとうございます」
俺たちはテーブルに向かいあって座る。……紬に襲われかけていたからか、普段は眠くならないこの時間帯に眠気がやってきた。
びくっと、階段から落ちたような感覚がして俺は目を開ける。
「ど……どうしたの?」
「ん〜、なんでもないですよ?」
目の前の紬は、少しニヤニヤしながら俺のことを眺めている。そこらへんで、俺の意識はフェードアウトしていった。
◆◇◆◇◆
テーブルに突っ伏して、肩を上下に小さく揺らしながら寝ている蒼大くんを見る。
きっと、私の暴走に対応するので疲れてしまったんだろう。
「さっきまでの私は、いったいなにを言ってたんだろ……」
私は頭を抱えて、必死に残っている記憶の断片を繋ぎ合わそうとしてみる。だけど、それも上手く行かない。
「伝えたいことは……さっきの勢いで言ってしまったりしてないよね」
……蒼大くんに伝えたいことは、自分の意志ではっきりと言いたいから。
ゆっくりと顔を上げると、蒼大くんがさっきまでと変わらずすやすやと眠っているのが目に入る。
ベッドまで運んであげたい、と思って私は蒼大くんを抱えようとしてみるけど、少し力を入れたぐらいではびくともしない。
「猫の手も借りたい……な」
クロときなこは、急に何を始めたんだにゃ……?と言いそうな感じでじーっと見守っている。
結局、私1人の力でベッドへと運ぶことは叶わなかったので、羽織っていた上着を被せてあげることにした。
幸せそうに眠っている蒼大くんを眺めているだけで、満足できそうだとはじめは思っていたけれど。
「……ちょっと、寂しいです」
同じ空間、それも手を伸ばせばすぐ届くぐらいの距離にいるはずなのに、なんだか寂しい。
自分のせいで疲れてしまったのに、また眠るのを邪魔しようとしているのに気付いて、わがままだな、と思う。
蒼大くんなら、わがままな私でも受け入れてくれるかなあ……?
「蒼大くんに可愛がられて、幸せなはずなのに、もっと満たしてほしいと思うのは、どうしてなのでしょう」
「……教えてください」
そう私は呟いて、蒼大くんの顔を覗き込んで、頬に口づけをする。蒼大くんは寝ているので、思ったよりも緊張はなかった。
初めてのキスは、いっぱいの甘さの中に、ひとつまみの寂しさが紛れているような……ちょっぴり甘酸っぱい感じがした。
◆◇◆◇◆
紬が、切なさそうにぼそっと呟いたような気がして、俺の意識は徐々に現実へと戻ってきた。
ただ、まだ俺の両まぶたは離れてくれないらしい。
ふにっとした柔らかな感触を頬に感じて、俺はゆっくりと目を開ける。
これは……夢なのだろうか?
「お、おはよう」
「あ、えっと……おはようございます。まだ夜中ですけど」
頬に残っている暖かさが、夢ではないと伝えている。なら、俺はさっきの紬の呟きに対して返事をするべきか。
「……そういうものだと思うよ? さっきも言ったけど、俺の中にもそんな気持ちはあるから」
酔ってたから、覚えていないのかも。でも、ずっと胸の中でそういう想いは絡まっていたんだろうな。
「……い、いつから起きてたんですか」
紬は再び掛け布団に潜り込む準備をしている。
「寂しい、って呟いてたところあたり」
「それ全部聞いてるじゃないですか!?
寝たふりしてたんですか……?」
ブーメランなんだけどなあ……と、さっきのたぬき寝入りを思い出す。
「うにゃあ……」
ぷしゅーっ、と空気が抜けるような音が鳴ったような。紬は恥ずかしさが限界を超えたらしい。
「……嬉しかった」
「ほんとですか」
急に紬は意識を取り戻して、少々食い気味に聞いてくる。恥ずかしいのか、喜んでいるのを悟られないように真顔を保とうとしているようだけど、口角は上がりそうだ。
……来月の紬の誕生日は、俺が喜ばせてあげないとな。
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