第63話 蒼大の本音

 「続き、やってもらってもいいんですよ?」


 紬は意味深に目配せをして言う。相変わらずとろーんとした瞳のままだ。

 普段通りであれば、小悪魔モードの時でもこんなことは言わないだろう。


 「……なら、吸わせてほしい」


 もうこうなりゃ……このくらいいいでしょ。

 引くに引けなくなってしまった俺は、欲望を正直に吐露する。 

 そして、紬のパジャマに顔を埋める。紬はもふもふなパジャマを着ていて、猫耳まで付けているのでこの行為は猫吸いと同義だ。


 「ふにゃあ……!?」

 

 ほんの少し理性が残っているらしい紬は、一瞬正気に戻ったようで、驚いて可愛らしい声を漏らす。


 「暖かいです……このままでいてください」


 紬は、また理性が溶けたような様子で、俺の背中に腕を回して抱きしめてくる。


 心地よい時間がゆっくりと流れる。

 だんだんと紬のまぶたは下がってきて、うとうとしている。

 ちゃんと寝たら、そろそろ酔いは覚めてくれるはず。酔いから覚めたら、この暴走のことは覚えているんだろうか。





 今度こそ熟睡しているようで、幸せそうな寝顔を見せていた紬に動きがあったのは、それから1時間ほど後だった。

 

 紬は、目をこすりながらゆっくりと体を起こす。可愛らしいアホ毛がぴょん、と飛び出ている。


 「あれ、私……?」


 俺と目が合うと、みるみるうちに紬の顔は赤くなっていく。

 恥ずかしさに耐えられなくなったのか、紬は掛け布団の中に潜り込む。


 「……忘れてください」


 紬は布団の奥から潤んだ瞳を覗かせて言う。


 「ど、どのくらい覚えてるの?」

 「詳しくはあまり覚えてませんが……なんだか大変なことを言ったり、したりしたような気がします」


 そう言って、紬は何をしでかしたのか思い出そうと考え込んでいる。まあ、布団の中にいて見えないからたぶんそう、としか言えないんだけど。


 「……私、蒼大くんに本音を伝えてしまった気がします」


 そう言うとすぐに、紬は掛け布団から出てきて俺に飛びついてくる。ふわっと、とろけそうな甘い香りがする。


 「わ……びっくりした」

 「……私だけ本音を打ち明けるというのは不公平です! 蒼大くんも全部ぶちまけちゃってください……!」

 「ちょ……ちょっと落ち着いて」

 「落ち着けません……!」


 かなり錯乱しているようで、言葉遣いが少しばかり荒れている。


 ……半分押し倒されているような状況で、柔らかな膨らみがふにふにと当たっているというのに、どうやって落ち着けと言うんだ。


 紬はいきなり立ち上がって、机の上の空の袋を掴む。


 「……私は全部話したんですから、蒼大くんも食べてください」

 「……わかった。まだあと3袋はあったはず」


 俺はお菓子の福袋を覗き込み、ごそごそと探ってウイスキーボンボンを取り出す。

 皆がみんなこれで酔うわけではなく、単に紬がアルコールに弱いだけだと思うんだけどな、というのは言わないでおく。


 「はい、どうぞ」

 「お……ありがとう」


 紬が袋を開けてくれて、そのまま1つつまんで俺に近づけてくる。


 「……どうですか?」


 紬は俺に少しでも変化はないか注意深く観察している。

 うん、普通に美味しいな。もっとアルコールっぽさみたいなものを感じるかと思ったけど。


 「そんなにすぐなにか起きるわけじゃないと思うけど……」

 「なら追加します……!」


 紬は2つめをつまんで俺の口へと運ぶ。

 その後も、俺がチョコを詰まらせることがないように適度な間を置いて食べさせてくれた。



 「どうして何も起きないんですか……」


 1時間弱経ったところで、紬は肩を落として言う。そんなに酔ってもらいたかったの……?


 俺としては美味しいチョコレートを紬に食べさせてもらう、という二重の意味で美味しかったが。


 「蒼大くんの本音が聞けると思ったのに……」


 心の声が漏れているような……?

 俺が紬の方をぼーっと眺めていると、紬は慌てて尋ねてくる。


 「……もしかして、口に出してましたか?」

 「……うん」


 紬は恥ずかしそうに身をよじらせたあと、今度は俺の方を見上げて続ける。


 「……実際、蒼大くんはそうでもしないと本音を言ってくれないじゃないですか」

 「そんなことないけどね!?」

 「じゃあ、言ってください」


 紬の期待するような瞳が、俺を捉えている。いつの間にかきなことクロもやってきていて、紬の横に並んで加勢している。


 「……正直、最近は紬が可愛すぎてずっと心臓がバクバク言ってる」

 「ほ、ほんとですか」


 俺たちはお互いに目をそらして照れる。ほんとにさっきは心臓が飛び出るかと思っていた。


 「な……なら、確かめてもいいですか?」

 「え」


 紬は俺に有無を言わさず、胸に耳を当てて心音を聴く。


 「照れている蒼大くんを見るのも、楽しいものですね」

 「……そのいたずら好きな子猫みたいな時の紬も可愛いです」

 「ふふっ、ありがとうございます」


 つい敬語になってしまうほど、激しく動揺させられた。

 気付けばもう夜の9時なんだけど、今日はお泊りコースだろうか。……これは、まだまだ胸の高鳴りは収まらないだろうな。

 



 




 









 


 

 



 

 




 

 


 


 


 








 

 

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