第61話 魅惑のお菓子
「……親の前だとちょっと恥ずかしくて。ごめん」
家に入るやいなや、俺は紬に頭を下げる。
「そ、そこまで謝ることでもないですが。……そういうところも、蒼大くんらしい気はしますし」
俺が勢いよく頭を下げたからか、紬はあわあわして言う。
紬は可愛らしい子猫を見つめるときのような表情で、最後に付け加える。
「若干煽られているような気が」
「はい。そのつもりもありますから」
紬は天使のような明るい微笑みを浮かべたまま、そう言ってのける。
うう……。
「……次は、しっかり俺から伝えるよ」
「ふふっ、楽しみにしてますね」
最近は紬に主導権を握られることが増加している。グラフを描いたら指数関数的な増加、かな。
小柄な紬の可愛らしく輝いた瞳に見上げられながらイジられる、というのもなんだか愉しさを感じる。
「謝罪の代わりってわけじゃないけど、一緒にお菓子食べない? 親がお土産でいっぱいくれたから」
「いいですね。外国のお菓子……食べてみたいです」
「うん、好きなだけ取って食べていいよ」
俺はパンパンにお菓子が詰まった袋をとりあえず1つ出す。実はまだまだあるんだよね。
「コーヒー淹れてくるから、先に食べてて」
「わかりました」
俺はさっき母さんに出したコーヒーを上手く淹れられたということもあり、紬に美味しいコーヒーでも出したいな、と思ってそう伝える。
「こんなもんかな」
カップにコーヒーを注ぐと、香ばしい香りが辺りに広がる。
まだブラックコーヒーは到底飲めそうにはないが、コーヒーの香りは好きになってきた。
「どうぞ……って、まだ食べてなかったんだ」
カップを運ぶと、姿勢良く待っている紬がそこにはいた。大きな袋から、ひとつだけ袋を取り出したところで手を止めている。
「はい。少しでも長い時間一緒に食べたいな、と思いまして」
「……流石に可愛すぎるって」
にこやかな微笑みを見せて、紬は言う。
そんな紬の姿を見て、息をするぐらい自然に可愛いという言葉が口をつく。
「あ、ありがとうございます。さっそく、いただきますね」
そう言って、紬はカラフルな袋からチョコレートをつまんで小さな口に運ぶ。
チョコレートは、まるっとしていて大きめだ。袋のカラフル度に対して、チョコレートそのものは普通にカカオ豆の色をしている。
俺も大きな袋の中から何が出るかな……と思いながらがさっとひとつ袋を掴んで取り出す。
こちらはチョコレート自体がカラフルに色付けられているものだった。マーブルチョコレートみたいなの。
「美味しいですね」
「いっぱい食べてもらっていいよ、たくさんあるから」
そう言って俺はまだまだお菓子の福袋を掲げてみせる。見た目の割に重い。
「……なんだか、暑くなってきました」
しばらくお菓子パーティーを続けていると、紬は暑そうに手でぱたばたと扇ぎはじめた。
ちょっとエアコンの温度を下げるか……と思って立ち上がろうとすると、行かないで、と甘い声で言われて俺は立ち上がるのをやめた。
「どうしたの……って、え?」
紬は、俺の方へとじりじり這い寄ってくる。普段の小動物的可愛さとは別ベクトルの魅力があるように感じる。
「……蒼大くんの反応は、いつも可愛らしいですね」
なんだか普段と様子が違っているような気がして、びくっと俺は反応する。そんな俺を見て、紬は含み笑いをする。
さらに紬は近づいてきて、ふうっ、と俺の耳に息を吹きかけてくる。むずむずして、ばたばたと手足を動かしたくなる。
「……あはっ。可愛いです」
「……ほんと、どうしたの?」
「どうもしてませんよ?」
目が据わってるってば。
絶対におかしい、と思いながら俺は抵抗する間もなく紬に覆い被されるような体勢になる。
一旦落ち着いてほしい、じゃないと俺もどうにかなってしまう、と思いながら俺は紬の頭を撫でる。
「えへへ……」
ぽっと熱に浮かされたような表情に変わり、紬は俺から一瞬離れる。その少しの間に、俺はテーブルの上にあったカラフルな空っぽの袋を手に取る。
「……ウイスキーボンボン?」
英語ではない言葉で書かれていたけれど、なんとなくそのたぐいのような気がする。……確認不足だったな。
未成年も食べていいとは言え、紬にあげるべきではなかった。
「どうしよう……」
「逃げないでください」
「へっ!?」
撫で撫でで落ち着きを取り戻したのはわずかな時間だったようで、紬はまた近寄ってくる。
まるで、今の紬はマタタビを摂取した猫みたいだ。なら俺は、そんな猫に狙われた獲物ってところか。
……そんなこと考えてないで、どうにかしないと。
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