第60話 突然の訪問


 「ただいまー」


 俺はいつも通り、人のいないリビングに向かって呼びかけながら家に入る。

 まあ、きなこが待ってくれているし、防犯対策にもなるだろうからやめる予定はないが。


 普段だったらきなこは玄関まで出迎えに来てくれるので、虚しさとかは特に感じない。



 ……けど、今日はきなこの出迎えがない。普段なら寝ていても、ゆったりとした足取りで玄関に姿を見せてくれるんだけどな。


 「おかえり〜」


 代わりに、リビングの方から声が聞こえてくる。


 一瞬驚いて玄関でフリーズしたが、長い間会ってなかったとは言え、流石に声の主が誰だか分からないなんてことはなかった。


 「帰ってきてたんだ」


 俺がリビングのドアを開けると、きなこを撫で回している母さんの姿が目に入った。

 だいぶ長い間触れ合ってなかったから、慣らすところからやらないといけなかっただろうな。それにしては、もうきなこは脱力して気持ちよさそうだ。


 「反応、薄くない?」

 「そうかな、普段通りだと思う。もう海外での仕事は終わったの?」


 俺はツッコミを入れられながらも、会話を続ける。


 「いやいや、またすぐ香港に飛ぶよ」

 「そっか。まあここではゆっくりしていって」


 俺は台所に向かい、ふたりにコーヒーを淹れようと道具をごそごそと取り出す。

 父さんの姿はまだ見えないが、父さんのらしき靴があったので部屋にいるかなんかしているんだろう。


 「コーヒー飲めるようになったの?」

 「んー、ちょっとは」


 ミルクと砂糖を追加したらやっと、ってところだけど。

 紬がコーヒーを淹れる様子を見てきたので、思ったよりも手際良く湯気が立ち昇るコーヒーを出すことができた。


 「おう、蒼大。帰ってきてたのか」

 「それこっちのセリフ……」


 コーヒーの香ばしい香りに誘われたのか、父さんが自室から顔を出す。

 そろそろキャットフードのストックをそこで保管しようかと迷っていたところだったけど、やめておいて良かった。


 

 実際仕事は具体的にどういうことやってるのかとか、お土産欲しいんだけどとかいう会話を振ろうとしたとき、インターホンが鳴る。


 「宅急便?」

 「あ……いや、俺が確認するよ」


 最近ちゅーるやおもちゃをネット通販で頼んだりは……してないはず。


 ふたりが立ち上がるより前に、俺はインターホンの画面の前に立つ。

 そういえば、帰りがけにクロの爪切りに協力してほしいって言われてたな。



 「よろしくお願いします、蒼大くん」

 「うん。けど、今……どういうわけか分からないけど、久しぶりに親が来てて」

 

 俺は一旦家の外に出て、紬に事情を説明する。


 「ごめん、ちょっとだけ……」

 「そういうことでしたら、ご挨拶したいです。あ……すみません」


 考え事をしている様子の紬に待っててほしいと言い出そうとしたら、ちょうど被ってしまった。


 「紬がいいなら……一緒に入る?」

 「はい。お邪魔します」


 ちょっと恥ずかしいけどなあ……。まずなんて紹介したらいいかわからん。

 流石に親に恋人だと紹介するのは恥ずかしすぎる。んー、難題だ。


 「ちょうど友達が来てて、挨拶したいって」  


 俺はリビングのドアを押し開けて言う。


 ……あとで怒られそうな表現ではあるが、恥ずかしいから勘弁してほしい。どうやったらなかったことにしてもらえるかな、と今から考えている。


 「こんにちは、向かいに住んでいる花野井です。蒼大くんのご両親にいつかご挨拶したい、と思っていたので、挨拶できて嬉しいです」

 「え……こんな可愛い子が、蒼大の友達なの? いつも仲良くしてくれてありがとねー」

 

 紬が礼儀正しく頭を下げて言うと、母さんは目を丸くする。


 「ごめんね〜、蒼大が迷惑かけてばかりだと思うけど」

 「いえ、いつも私が助けてもらってばかりです」

 「そんなことなさそうだけどな〜」


 母さんと紬は、さっそく会話を弾ませている。

 会話の波に乗り遅れてしまった父さんと俺で、話をすることにした。


 「……仲良い友達ができて、良かったな」

 「うん」


 俺は普通に相槌を打ったはずなのに、なんらかの勘が冴えたのか父さんは俺の顔を凝視してくる。どうした急に。


 「……恋人だったりする? いや、蒼大に限ってそれはないか」

 「ちょっと酷くない? あ、そういや……仕事にはいつ戻るの?」


 すぐ撤回されたことには若干傷ついた。

 恋人なのか、と問われて嘘でも否定することはできないので、これ以上この話題は深掘りされたくない。


 「30分後には出発しないと飛行機に間に合わない」

 「そりゃまた急だね」

 「ああ。まあ、夏にでもまた帰ってくるさ。そういえば、お土産があるんだけど」


 父さんは部屋へと歩き出し、いかにも外国のお菓子、という目を引く派手なパッケージが透けて見える袋を持って戻ってきた。


 「友達と一緒に食べたらいい。あ、味は保証する。見た目は派手だけど美味いぞ」

 「わかった、ありがとう」

 「じゃあ、そろそろ出発しようかな。夕方になるし、渋滞するといけないから」


 父さんは俺に袋を預けると、リビングの母さんに声をかける。


 「母さん、そろそろ出よう」

 「もう少し蒼大のこと聞いたりして話したかったけど……そうね。これからも蒼大のこと、よろしくね?」

 「はい。こちらこそ、よろしくお願いします……!」


 俺たちは玄関先で並んで、車が出ていくのを見送った。


 「蒼大くん。……ちゃんと、さっきの分甘やかしてもらいますからね?」

 「覚悟してました」


 紬は、車が見えなくなるといたずらそうな表情を見せる。俺たちは玄関ドアを開けて、いつも通りの日常へと戻っていった。


 










 



 


 


 







 


 


 

 


 





 






 


 



 


 





 

 




 


 


 

 

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