第59話 格好いいところ

 「今日も、気をつけて学校に行きましょうね?」


 紬はとんとん、と小気味良い音を鳴らして踵を合わせる。今朝はその音が澄んで聞こえるぐらい、空は晴れ渡っている。


 「うん。……って、ああいう緊急の時以外は道路に飛び出たりしないから安心して?」


 まるで交通ルールを学びたての幼児に対するそれのような扱いを受けている。手を挙げて横断歩道を渡るところからやるべきだろうか。


 「……心配ですから、私が手を握っておきます」

 「大丈夫だけどなあ」

 「いいから、行きますよ」


 ちょっと強引な紬だったけれど、それはそれでアリだな、なんて思ったりもした。

 ぐいぐいと引っ張られて、俺は一歩目を踏み出す。

 まるで母猫に連れられていく子猫みたいだ……って、俺が子猫ということになるじゃん。

 

 「……ちょっといい、紬?」


 10メートルほど歩いたところで、俺は紬の手を離す。

 紬は驚いて、少し困ったような表情を見せる。


 「どうしたんですか、蒼大くん?」


 俺は答える代わりに、さっきまでの紬との位置をさっと入れ替える。

 そのままだと、紬が車道側だった。


 「ごめん、行こっか」

 「……蒼大くんらしいですね。ありがとうございます」


 紬はさっきよりかはその小さな手に力を込めて、それでも優しく俺の手を握って歩き出す。

 もともとの握力が強くない、というのはあるけれど、そんなところまでも可愛らしい。


 「……格好いいところ、これからも私にだけ見せててもらえますか?」

 「もちろん。学校ではそんなにしっかりしてない気はするから大丈夫でしょ?」


 紬といるときはちょっと背伸びして格好つけようとしてしまうけど、別に苦しくはない。


 「はい。学校での活躍も見たいですけど。……文化祭の時みたいな」

 「それ素直に認めるか……。まあ、次の行事でまた一緒に仕事できたらいいなあ」


 そういや、次の行事はなんだろう。

 2年生になったら一大イベントと言うべき修学旅行があるけど……それまでは特にないか?


 もう学校に着いてしまった、やっぱり早いなあ……。




 「じゃあ、班作って訳の確認をしてくれ」


 古文の時間、先生の号令で俺たちは机を四角に集める。まだ1時間目だというのに、眠かったので助かる。


 とりあえず意見交換が終わって、暇になると和気あいあいとした会話が始まる。

 俺以外の班のメンバー5人は全員女子なので、会話に首を突っ込むことなく聞いておく。


 「そういえば、猫村くんが昨日子猫を助けてたの、実は見てたんだー」


 そう相良さんが言うと、同じ班の女子たちは「めちゃくちゃ優しいんだね」と口々に俺のことを褒めてくる。

 さっそく俺に話が回ってきたか……傍観者として楽しもうと思っていたのに。


 って、もしかして紬と一緒にいたのはバッチリ確認済みとか?

 そう思うと、途端に冷や汗が出てきた。


 「周りに人はいなかった気がしたんだけど。見られてたのはちょっと恥ずかしいな」


 怪しくないようにそれとなく探りを入れてみる。もちろん、(紬以外の)人だ。


 「反対側の歩道を歩いてて、助けてた瞬間を見てすぐ家に入ったからね〜。私だけ目撃したなら得した気分」


 言っちゃってるから得した感が薄れると思うけど……?

 あの時は交通量も多かったし、見られてはなかったか、とほっとした。


 隣に座っている紬は、ずっと微笑んだままだけど、わずかに表情が変わったような……気がする。気のせいかな?

 そういえばさっきから何も喋ってないかも。


 「ああいう時にさっと動けるの、格好いいね」

 「まあ……気づいたら体が動いてたっていうか」


 猫好きなら俺でなくても、同じようにしただろう、と思いながら何でもない風に言う。


 「最近、猫村くんのもともと高めだった評価はさらに上がってる気がする」

 「たしかに、他のクラスの子から聞かれたりするよねー」


 相良さんとその隣に座っている女子はお互い頷き合って言っている。

 そんなに褒められてもなにもないけど……嬉しいか嬉しくないか、と言われたら前者。ただ、紬の隣で照れるのは良くないな。


 「……そうなんですね。たしかに、私から見ても猫村くんは魅力的ですし」


 うぉい!?

 俺はびっくりして椅子から転がり落ちかける。……クラス中の注目を集めてしまった。


 よいっと体を起こして、もとの体勢に復帰する。


 「……花野井さんがそんなこと言うなんて、ちょっと珍しいかも?」


 そう言う相良さんの表情も、普段だとあまり見せないような珍しい感じがする。

 天真爛漫、という表現がぴったりな相良さんが、なにやら深く考え事をしているような……。別に悪口というわけではないよ。


 机の下でそっと太ももに手を這わせて俺の手を探している感覚がある。むず痒いが、俺はちらっと紬の方を確認するだけに留めておいた。


 ついに紬は俺の手を見つけ、ぎゅっと握りしめてくる。


 「……わ、私も見てたから。それに、近くで」


 紬は、俯いてぼそっと呟く。吹き抜ける風の笛のような音に紛れて、隣にいる俺でも聞き取るのがやっとだった。

 妬いてる表情は見せたくないんだろうな、と思ったりする。


 やっぱり、紬の方が猫よりも……とは思うけど、可愛らしい重さだと思う。俺のことを好きでいてくれる……のは変わりないし。


 「そろそろ発表に移るから机を元に戻せー」


 自分で思ってて恥ずかしすぎるな、と思いつつ、名残惜しそうで、それでいて暖かさを大事に抱えているような表情の紬にちょっと笑いかけて、机を元に戻した。


 




 


 

 

 

 




 




 

 






 

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