第58話 帰り道

 とんとんと肩をつつかれて、俺はリュックを背負い手を伸ばせば届くくらいの距離だけ先を進む紬の後について歩き出す。


 「今日は寄り道して帰りませんか?」

 「いいよ、どこに寄りたいの?」


 紬は校門を出て、俺が横に並びかけたところで声をかけてくる。

 俺が頷くと、紬の表情は学校モードから一気に柔らかくなった。


 「クロのご飯がもうすぐなくなってしまうので、買って帰りたいなと思いまして」

 「おっけ。俺もちゅーる買って帰ろうかな」


 こないだ猫カフェに行った分、またきなこのポイントを取り戻さなければいけない。……気のせいかもしれないが、ちょっとイジケているように感じるんだよな。

 ちゅーるで誤魔化すわけではないが、そろそろ切れそうだし買っておこう。



 紬の、俺と比べると小さな歩幅に合わせてゆっくりと歩く。

 久しぶりにこのあたりを歩くと、新しく店ができていたりして発見がある。

 猫カフェも新たに出来ていた。……行きたいのは行きたいけど。




 ホームセンターに入ると、俺たちはまっすぐにペットコーナーに向かう。


 「最近、あんまり一緒に来たりしてませんでしたよね」

 「そうだね。たまにちゅーるは通販で大量に買ったりしてたから」


 俺たちはキャットフードコーナーを見て回りながら話す。

 いつかと同じように、紬が背伸びして上の方の商品に手を伸ばしているのに気付いて、俺はキャットフードの袋をさっと手に取る。



 「ありがとうございます。……ここも、私たちの思い出の場所ですよね」


 紬は袋を俺から受け取って、大事そうに抱えて言う。

 こんなにも可愛らしくキャットフードの袋を持つことができる人は紬の他にはいないだろう。

 紬は、昔を懐かしんで遠くの方に目をやる。その瞳は、磨かれた宝石のように澄んでいた。


 「そうだね。高いところにあるものが欲しかったらこれからも頼って」


 紬と出会った時よりか、俺の身長は数cmほど伸びているような気がする。

 より紬の子猫的可愛さが強調されるのは良いが、これ以上伸びると身長差がさらに拡大してしまう。


 「ふふっ、もちろんです。でも、それだけじゃなくて、いろいろ頼らせてください」


 紬は、お願いするように両手を合わせて言う。あざとく見えるポーズではあるが、紬がやると自然な可愛さに感じられる。


 「もちろん」

 「……あの。さっそくですけど、あそこにある猫じゃらしを取ってもらいたいです」

 「わかった」

 

 ……こんな風に頼られるんだったら、もうちょっと伸びてくれてもいいかも。


 


 

 それぞれ買いたいものを買えて満足して、俺たちは帰り道を歩く。


 「荷物、持とうか?」

 「いえ。大丈夫ですよ?」


 小柄な紬が買い物バッグを持っていると、重くないかな、という心配が湧いてくる。


 「私も、そこまでか弱くはないので」


 俺が密かに考えていたことはお見通しだったのか、紬は微笑みかけて言ってくる。

 頼ってきてくれてもいいんだけどなあ。 



 ひょこっと道路の脇から白と黒のまだら模様の可愛い子猫が出てきて、俺たちは目で追う。生後3ヶ月といったところだろうか、まだ体が小さく、慎重に一歩一歩確かめるようにして歩いている。



 が、なにか興味を引かれるものを見つけたのかいきなり走り出して、車道へと飛び出る。

 

 「危ない……!」


 紬がそう声を上げたとき、考えるよりも先に体が動いていた。

 けれど、向かってくる車に手を挙げて猫と俺の存在をアピールするぐらいの冷静さは保っていたようだ。


 車は俺と子猫の少し手前で止まってくれた。

 俺は子猫を抱えて、歩道に戻ってくる。


 「……もっと気をつけるんだぞ」


 小声でそう小さく語りかけて、俺は子猫の顎をそっと一度撫でる。

 きょとんとした、無垢な瞳が俺のことを眺めていたが、気持ちよさそうに目を細めた。


 子猫をゆっくりとしゃがみこんで下ろすと、とてとてと歩いて家と家の間に姿を消していった。


 「……危なかったです」


 ちょっと頬を膨らませて、紬は言う。紬がいなくても同じようにしただろうけど、それだけ言われると若干ショックだ。

 格好いいところ見せよう、とか思って行動したわけではないけど、猫を30分ぐらいモフらないと回復しないかな……。


 「けど、優しい蒼大くんらしいと思いました。……格好良かったです。惚れ直しました」

 

 ぐいぐいとなにか言いたげに袖を引っ張ってくるので、俺は身をかがめて耳を傾けると、そう囁いてくる。


 俺はびっくりして、目をパチパチさせてから紬のことを見つめる。


 「でも、自分のことは大切にしてください。蒼大くんが怪我でもしたら悲しむ人は、ここにいますから」

 「うん。次からは……気をつけるよ」


 照れくさいのと自分の身を顧みずに心配させてしまった申し訳なさのダブルパンチだった。


 「帰りましょう、蒼大くん。お家でクロたちが待ってますよ」


 紬の足取りが軽く、嬉しそうな表情をしているのを見て、俺も良いことをしたな、と心が軽くなった。


 


 


 

 


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