第57話 お昼はひと休み

 初デートを楽しんだ週末はあっという間に過ぎ去り、また昼休みだけしか紬と触れ合えない5日間がやってきた。


 4限の終わりのチャイムが響いて、俺は一息ついてペンを置く。


 「やっとお昼休みですね」

 「うん……今日は長かった」


 いつも通り50分授業なんだけど、今日は格段に長く感じた。学年末テストがにじり寄ってきているので、より集中して受けなければならなかったからだろうか。


 「……お昼休みは、蒼大くんが満足いくまでゆっくり過ごしましょう」

 「そうしよう」


 紬が部室棟へと向かう途中に降りる階段の踊り場で、俺の方を振り向いて言う。

 紬の美しい髪が揺れて、ふわっとフローラル系の香りが辺りに広がった。


 俺は、さっきよりも軽い足取りで紬の隣に並びかけて、階段を降りた。



 「今日は陽が暖かいですね。窓際で食べませんか?」

 「うん、そうする。今日は1月とは思えないぐらい暖かいよね。電気もいらなさそう」


 この前実は調達してきておいたベンチに腰掛けた紬の隣に俺も腰を下ろす。ちょうど陽が差してきて、心地よい空間が出来上がっている。


 「……いいですか?」

 「ん、いいよ」


 俺はなにを尋ねられているのか良くわからないまま返事をしてしまう。


 「それじゃあ、失礼します」


 紬は俺の膝の上に乗っかってくる。……が、俺に気を遣ってかわずかな面積しか触れていない。


 「疲れるでしょ、もっとしっかり座っていいよ」

 「重くないですか?」

 「うん」

 「えへへ、それならしっかり座ります」


 紬はもぞもぞと後退して、いや、より俺の方に近づいてきてと言ったほうが良いか……とにかくさっきよりも深く座る。

 進みすぎることはないように、ちゃんとお弁当箱で安全ラインは設定しておいたが。


 「そういや、ここってもともと何部の部室だったんだろう」

 「そうですね……誰かが活動していた痕跡は、もう残されていませんし」


 無機質な真っ白の机と椅子は端っこに寄せてあり、そこには小さな招き猫がちょこんと置かれている。これもこの前持ってきたものだ。


 「部活といえば……紬は中学のとき、何部に入ってたの?」

 「バドミントン部です。シャトルを追いかけたりジャンプして打ち返すのが楽しそうだなと思いまして」

 「想像以上に猫っぽい理由だった」


 紬がバドミントンをしている姿を想像してみる。ぴょんぴょん跳ね回って打ち返している様子が容易に目に浮かぶな。

 いつか一緒にやってみたいなあ。……って、お正月に似たようなことはやったな。そういや紬は上手だったな。


 「そういや、うちの高校にはないよね、バドミントン部」

 「そうなんです。蒼大くんは、中学生の頃は何部だったんですか?」


 紬は首をちょっと反らして、俺の顔を見上げて言う。身長差で自然発生する上目遣い、反則すぎる。


 「生物部だった……猫とかいるのかと思って入ったんだけどいなかった」

 「猫部とか、あったらいいのにって思いますよね」


 紬はくすっと柔らかな表情で微笑みながら言う。

 猫好きな学生は猫部の設立を企んだことは一度はある。※俺調べ、調査数=2。


 「そうそう、猫部がある高校ってあるらしいよ」

 「え、そうなんですか。私たちで作りませんか?」


 紬は俺の方に向き直って提案してくる。瞳がきらきら輝いていて、ほんとに実現させそうな勢いだ。


 「たしかに、猫部に入れたら楽しそう」

 「しかし……やっぱり家できなこちゃんとクロと私たちでゆったり過ごす方がいいですね。……部活だと、懸案事項も増えそうですし」


 懸案事項ってのは何を指すのだろう、と思ったが、いちいち聞くのはやめておこう。  


 「あれ……鍵、かけてなかったかしら。電気はついてないみたいだけど……」


 外から、氷室さんの声が聞こえてくる。あ……と思ったが時すでに遅し。

 隠れようもないが、俺たちは息をひそめる。


 「……」


 がらっと部室のドアを開けた氷室さんと目が合う。数秒動きが固まったあと、そーっと氷室さんはドアを閉める。


 ……なんか気まずい。


 どうしよう、と俺たちふたりが悩み始めると、氷室さんは再び部室に突入してくる。


 「ちょ、ちょっと……いや、やっぱりなんでもないけれど」


 氷室さんはらしくもなくばたばたと近づいてきたが、一定の距離の所で落ち着きを取り戻した。


 「ま、まあ……私が提供した場所で、紬がリラックスできてるようなら良かった」


 そう言って氷室さんはクールに立ち去っていく。


 「猫村くん」


 ドアの所でいきなり振り向いて言うもんだから、俺はびっくりして「へい……?」と変な返しをしてしまう。なんだなんだ……?


 「明日は私が紬と食べる日、だったよね?」

 「あ、うん……そうだよ」

 「……楽しみ」


 それだけ言い残して氷室さんは去っていく。この人もミステリアスな魅力があるな、と思った。

 

 「……分身できたらいいのに」


 そう眉をハの字にして小さく呟く紬は、もちろん可愛らしく魅力的だった。


 


 

 


 


 




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る