第56話 初めてのデート
三学期が始まってから初めての週末がやってきて、紬は当然のように俺の家にやってきてくれる。いつも通りクロも一緒だ。
「おはようございます、蒼大くん」
「おはよう、紬」
俺はコートを羽織っていて、トートバッグを肩から提げている紬を暖かい家の中へ招き入れる。
また寒波がやってきて、外に出るとツンと身に沁みる寒さを感じる。
クロはキャリーから出てきて、もうきなこと追いかけ合いをしてじゃれ合っている。
「暑くない?」
「いえ……大丈夫です」
そう微笑んでみせる紬を見て、とりあえず安心したが、家の中だとどう見ても暑そう。
紬はこたつに入ることもなく、ちょこんと座っている。
「あの……どこか、遊びに行きませんか」
しばらくして、紬は俺に声をかけてくる。いつ声をかけようか、とそわそわしている様子だったから俺もなにを言われるのか気になっていた。
「いいね、紬は行きたいところとかあるの?」
「……猫カフェに行ってみたいな、と思いまして」
「おー、いいね」
クロときなこは俺たちふたりのことをぼーっと眺めている。うっ……なんかやましいことをしにいくかのような気分になってきた。
一応、紬にも帰ってきたあとに起きるかもしれないことは伝えておくか。
「……でも、クロはヤキモチやくかも」
「むっ……。今のうちにちゅーるをあげておきます」
果たしてちゅーるで許してくれるのだろうか。
そして、俺が支度を始めると猫2匹は人間がバタバタ動き出したので出かけると察知したのか、玄関の方までついてくる。……帰りにマグロの刺し身を買ってくるので許して。
べ、別に浮気じゃないんだからね!?って心の中で言いながら俺は紬と家を出た。
まったく、猫好きとは罪深いものだ……。
「……これって、デ、デートってことでいいんでしょうか」
駅までの道中、紬がふとそう確認してくる。なぜか緊張している様子で、はっきり言えてなかったりする。
「たしかに、付き合い出してから出かけるのは初めてだね」
「えへへ、嬉しいです」
隣を歩いている紬は俺のことを見上げて、満面の笑顔で言う。
「それなら……手、繋がない?」
「分かりました。……お願いします」
ゆっくりと紬が手を伸ばしてきて、俺はそのふにふにした手を取る。暖かいな、と思いながら歩いていると、いつの間にか駅に着いていた。
電車に揺られること数十分。俺たちは、お目当ての猫カフェに到着した。
掲示してある注意事項を良く読んで、俺たちはさっそく猫たちと触れ合えるコーナーに入る。
俺たちが近寄ると、猫たちの方からもゆっくり近づいてきてくれた。毎日やってくるいろんな人と会うからか、サービス精神が旺盛のようだ。
「……猫ちゃんに囲まれちゃいました」
えへへ、と微笑みながら、紬は手が足りないという様子で周りの猫たちをかわりばんこに撫で回している。
猫たちは、目を細めてより撫でられやすいように顎を近づけたりする。
ここに極楽があったのか……。
「ほら、蒼大くんもこっちに来てください。暖かいですよ」
見るからに暖かそうな光景が目の前にあって、その輪に入らずとも心までが暖かくなっている。
紬に手招きされて、俺は紬の隣に座る。すぐに1匹のアメリカンショートヘアが俺の膝の上にちょこんと座る。
猫を飼っているにも関わらず、猫カフェに行きたくなる理由としては様々な種類の猫を見ることができる、というものがある。
保護猫を飼っていたりすると、こういう場所に行かなければスコティッシュフォールドとかには出会えないからなあ。このお店は、保護猫もいるみたいだけど。
「……時間の許す限り、ここにいたいです」
「うん。紬が満足するまで、俺も一緒に猫カフェを楽しむよ」
夕方になった頃に、俺たちは後ろ髪を引かれるような思いを感じながら猫カフェを出た。
ちゃんと俺は、帰りにまぐろ(大トロ)を買うのを忘れずに家に戻ってきた。
ドアを開けると、クロときなこはいつも通りのっそりと俺たちを迎えてくれる。が、ここからが普段とは違っていた。
紬がクロに近づくと、ぷいとリビングの方に向かってしまう。
そして、リビングに上がってからも撫でようと伸ばした紬の手を避ける。
きなこは着替えたりすると他の子の匂いは感じなくなるみたいだけど、クロは引きずるタイプらしい。
「うう……ごめんなさい、クロ」
紬は少し泣きそうな表情でクロにひたすら謝っている。
「ああ……もっと先に言っておけば良かったね。ごめん」
俺が初めて猫カフェに行って帰ってきたときは、本気噛みされて泣きそうなほどにショックを受けた。玄関にいたきなこにそのまま手を伸ばしたのはミスだった。
「いえ。蒼大くんが謝ることではないです。楽しかったので……」
と言いつつ、まだショックから立ち直れていない様子だ。どうにかして普段の調子に戻したい。
「でも、ヤキモチ焼いてくれるのも可愛いというか。紬もそういうところあるじゃん……? ……紬の方が、まであるかも」
そう軽く言ってしまったのが間違いだった。特に最後の一言。
「……そんなことないです」
紬はぐっと俺に近づいてきて、頬を膨らませて抗議してくる。
「ソウデスネ……」
俺はこくこくと人形のように首を縦に振る。
「……仕方ないじゃないですか。独り占め、したくなるものです」
紬はそうぼそっと呟く。ちょっと気にしていたのかもしれない。
そのいじらしさに、俺はすぐさま頭を撫でたいと感じる。
「クロも紬と同じなんじゃないかな」
「……そうなんでしょうか。なら、私も他の猫ちゃんに浮気しないようにします」
「念入りに洗ったりしたら大丈夫だよ。クロはそこまで重くないと思うから」
「なにか言いましたか?」
文脈的に紬と比べた、みたいになってしまったのに気付かれてツッコまれた。そういうつもりではなかったけど。
いつもの調子を取り戻し始めたみたいで、一安心だ。
そのあとは、美味しくマグロの刺し身を皆でいただいた。
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