第55話 安心できる場所

 あと10分で22時だし、そろそろ寝ようかなと思っていると、急に電話がかかってきた。


 「もしもし。こんばんは、蒼大くん」

 「おお、どした?」


 いきなりビデオ通話が始まって、俺はそう問いかける。

 紬の姿が写っていたが、スマホをベッドの上に置いているのか、興味津々なクロが顔を近づけてきて画面は真っ黒になった。これじゃあ普通に電話してるのと変わらないな。


 「……すみません。夜遅くでしたね」

 「あ、いや。俺は大丈夫だから、何でも聞くよ」

 「分かりました……!」


 さっきよりも明らかにトーンが上がった紬の声が聞こえてくる。普段はそうでもないが、俺といるときの紬はコロコロと表情を変えてくれる。


 「でも、特に相談したいことがあるというわけではなく……今日、電話をかけると言っていたので」


 紬はクロを抱きかかえて、自分の膝の上に座らせる。今日はどうやら、俺がプレゼントしたパーカーを着て寝るようだ。

 もうお風呂も済ませてきたみたいで、髪を全部下ろしている。ちょっと頭を撫でたくなった。


 「それで、さっそくかけてきてくれたんだ」

 「はい。……それに、声が聞きたくなったので」

 「それは嬉しいな」

 「い、今のは独り言です」


 電話してるのに独り言は言わないだろう、と思って俺はつい口元が緩むのを感じる。照れ隠しが今日も可愛い。


 「明日から、あそこでお昼を食べますか?」

 「うん。学校でふたりだけになれる場所があるとは思ってなかったから、ありがたいな」

 「そうですね、今から明日が楽しみです」

 「うん。それじゃあ……そろそろ寝る?」


 ふわあ、と紬が小さくあくびをしたのが見えて、俺はそう声をかける。


 「まだ……寝てません。すぅ……って、今のも寝てないです」


 紬がこくこくと眠りかけては起き、また目を閉じるというのを繰り返している。眠そうな様子で、目を擦っている。


 「……明日早く行くためにも、そろそろ寝ようか。俺も話したいけどね」

 「……わかりました」


 紬は納得してくれたみたいで、名残惜しそうな顔をしつつも通話は切られた。

 俺も、今日のところはもう寝るか。


 そう思ってベッドに向かうと、撫でろと言わんばかりにきなこが待ち構えていた。

 ブラシを近づけると、自ら顎を擦り付けてきた。きなこが満足いくまで、撫で続けてあげよう。



 次の日の朝、紬は昨日よりかはちょっと距離を縮めてきた気がする。


 「おはようございます、蒼大くん。さっそく、学校に行きましょう」

 「そうだね」


 心なしか、テンションも高そうだ。


 「お昼休みになるまで、そわそわしてしまいそうです」

 「授業はしっかり集中して受けてね?」

 「その……寝ていたら起こしてもらいたいです」

 「分かった」


 やっぱり、いつも思うことだけど通学路は短すぎる。一緒に電車通学とかしてみたかった。

 でも、周りに人はいないからこっちの方が気楽ではあるな。



 

 4限までの授業が無事に終わり、昼休みがやってきてクラスメイトは思い思いに過ごし始めている。


 「……蒼大くん」

 

 俺は黙って頷き、紬のちょっとあとでクラスを出る。もうこの工夫はあまり意味がない気がしてきたのは俺だけでしょうか。


 部室棟に到着して、紬はもらっておいた鍵でその部屋を開ける。


 「昨日も思ったけど、ここかなり綺麗だよね」


 部活道具などは置かれておらず、事務室とかにありそうな机とパイプ椅子があるだけの無機質な部屋と言えばそうだけど、埃などは見当たらない。


 「氷室さんたちが掃除してくれていたみたいです」

 「流石に氷室様って呼ぶべきかなあ」


 俺は真面目に検討してみる。ここまでしてもらっているんだから、週1で氷室さんが紬とお昼を食べるのは当然の権利のようにも思えてきた。

 週1陽翔たちと昼を食べるとしよう。……そこで最近どこで食べているのか問い詰められそうではある。


 「しっかり感謝を伝えておきます」

 「うん。俺もお礼をちゃんと言わないとだね」


 今日の放課後にでもちゃんとお礼をもう一度言おう、と決意してからお弁当箱を開ける。


 「じゃあ、食べようか。いただきます」

 「はい。……いただきます」


 紬は俺の隣に寄りかかって座って、俺の方を見上げる。

 今学期になってからは学校でそこまで近づいたりしていなかったような気がして、ドキッとさせられた。

 ……いや、タコさんウインナー食べさせてもらったりしてたな。


 「……誰も来ないので、大丈夫ですよ」

 「まあ……そうだね」

 「もしかして照れてますか、蒼大くん?」

 「それは紬には言われたくないな」


 俺は照れを誤魔化そうとちょっと笑いながら返す。

 実際、紬は今も耳が赤くなっているし。


 「そんな意地悪なことを言うなら……離れちゃいますよ?」

 「それはやめて」


 紬は、いたずらっぽい子供のような表情で言う。

 俺は紬の制服の袖を優しく引っ張る。


 「しょうがないですね……蒼大くんがそこまで言うなら」


 今日の紬は明らかにテンションが高いな、と思いつつ、肩に頭を乗っけてくるのを感じて心が暖まった。


 


 




 


 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る