第54話 氷室さんからの提案

 「……お昼、ふたりで食べていたの?」


 案の定、放課後になって俺たちは氷室さんに尋問される。……尋問、というふうほど厳しいわけではないが。

 紬がいるお陰か、普段よりも物腰が柔らかい気がする。


 「……はい。氷室さんには、早く言おうと思ってたんですけど、その……私たち、つ、付き合い始めて」


 先に言っちゃうんだ、とは思ったけれど、紬本人が気にしないなら俺も大丈夫だから、と思って隣で紬の様子を見守る。

 たしかに、仲良い友達には言った方がいいのかも……ってそれが広まる原因だな、特に俺の場合は。

 

 「良かったね、紬」

 「は、はい……!」


 氷室さんは、普段あまり見せることのない笑顔で紬に優しく声をかける。

 ……この学年の二大女神は、いろいろ勘違いされてるな、と思いながらふたりをぼーっと眺めていると、途端に氷室さんが恥ずかしそうな表情でこちらを向く。


 「……らしくないって思ってる?」

 「いや……優しいんだなあって思って」

 

 氷室さんはちょっとの間んー……とぴったりな言葉を探して、「紬は、大事な友達だから」と返す。

 

 「……ありがとうございます」


 結局、紬が一番照れていた。もじもじとしているが、嬉しいオーラを出しまくっている。


 「そういうわけだから、猫村くんにはしっかりしてもらわないと困るから。紬のこと、大事にしてあげて」

 「もちろん」


 俺は氷室さんの瞳を見つめて、力強く頷く。俺に向ける表情も、ほんの僅かだが前よりも柔らかくなったような。


 「……私を置いてけぼりにしないでください。あと、蒼大くんはなんでそんなになんということもない風なんですか……!?」


 紬は俺と氷室さんの間に割って入ってきて、恥ずかしそうに俺と氷室さんの両方の腕を引っ張る。


 「だってもともと思ってたから」

 「むっ……そういうの、良くないですよ」


 紬は唇を尖らせて言っているが、耳まで真っ赤にしていて可愛らしい。

 もうひとイジりして可愛い反応を見たいな、といういたずら心が生まれてきてしまった。


 「……じゃあ言わない方が」

 「そうは言ってません」


 紬は、俺が言うとすぐにそう返してくる。


 「……そんな様子なら、隠す必要はないと思うのだけど。というか、バレるのも時間の問題ね」


 俺たちのやり取りを聞いていた氷室さんが真顔で告げる。ちょうど俺もそう思ってました!


 「そ、そうですか?」

 「堂々としていればいいのに」


 いつも俺たち男子が見ているような氷室さんが戻ってきた。ちょっと格好いいな、と思ってつい真顔で氷室さんのことを眺める。


 「……ちょっと恥ずかしくて」

 「それもそうね。でも、そういうふうならお昼は外で食べたんでしょう?」

 「はい、あそこの棟の階段のところで」

 「人が来ないといえばそうだけど、あそこは寒いでしょ? ……ふたりに1つ、提案があるのだけど」

 「「なんですか」」


 なんだろう、と思って食い気味に質問してしまう。それは紬も一緒だったようで、完璧にタイミングが合った。



 「私たちの部室の隣に、空いてる部室があって……なぜか私たちが管理しているから、そこを使っていいわ」

 「「えっ」」


 俺たちは顔を見合わせる。紬はもう嬉しそうだ。

 俺も、そこを専用スペースに出来るなら、猫の日めくりカレンダーとか持ち込もうかな……と考えていると、氷室さんが続けて言う。


 「ただし、条件がひとつ」

 「なんですか? ふふっ、なんだか、今日の氷室さんは普段よりも引っ張りますね」


 いつもと違う様子が面白かったのか、紬はくすっと笑う。


 たしかに、普段は効率を重視して手早く会話を終わらせそうなイメージ……ってそういう先入観がいけないんだよ、俺。


 「これは猫村くんへのお願いになると思うけれど……たまには、私も紬とお昼ご飯を食べたいなと思って」

 「あ、それは……大丈夫だよ。週1……とかなら?」

 「……やっぱり彼氏には勝てないか。私もその余裕が欲しい……」


 氷室さんは少し悔しそうに呟いている。この瞬間、いままで氷室さんにどういうイメージを持っていたか忘れ去ってしまった。


 「……こほん、さっそく行きましょう」


 氷室さんは小さな咳で誤魔化して、俺たちを部室棟の方に連れて行く。氷室さんって、そういえば何部だったっけ?


 「この部屋よ」

 「わあ……想像していたのよりもだいぶ広いです」


 紬は、部屋をきょろきょろと見渡して感嘆の声をあげる。

 部室棟は、最近建て替えられたのかなかなか綺麗だ。部活に入ってないと、こっちになかなか来ないので知らなかった。



 「なら、良かった」


 たしかに、ここにならキャットタワーを置けそう。

 ……って、猫はいないのに、誰が使うんだ。


 「ありがとう、氷室さん」

 「そう礼を言われることでもないわ。別に、週2で紬とお昼を食べられるようにしてくれてもいいんだけど」

 「……氷室さんには、たまに夜電話をかけます。……あ、蒼大くんにも」


 俺がどんな表情をしたのかわからないが、

紬は慌てて付け加える。


 「「それだと変わってないけど……」」

 「いいじゃないですか」

 

 紬は、にやっと笑って言う。


 俺と氷室さんで紬を挟むようにして歩き、俺たちは夕方の学校を後にした。 


 


 


 







 

 

 


 


 


 


 

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