第52話 新学期スタート

 始業式の朝、目を覚ました俺は、猫を吸わないとやってられない、と思ってきなこを抱きかかえる。

 

 普段はだらーっと力を抜いてされるがままでいてくれるのに、今日はじたばたしてすぐどこかへ行ってしまった。……補給が足りなくて学校に行けるだけのエネルギーがない。


 『今日からも、一緒に学校に行きましょう』

 『もちろん』


 俺は、新学期ということで若干憂鬱だった3秒前までの気持ちを忘れ去って、即返信する。


 今まで通りの時間に家を出ることができるように、俺は食パンをトースターにセットして制服を引っ張り出した。


 マーガリンを塗った食パンを詰め込んでいると、畳んで置いておいた制服の上にきなこがどっしり香箱座りをしにきた。

 

 「引っかかないでね」


 なーご、ときなこは返事をしてくれる。既に、制服はきなこの抜け毛まみれだったりするかも。絶対目立つよな。



 家を出るぎりぎりまで、きなこは俺の制服の上にどっしりと鎮座していた。きなこがどいたあとは、まるでハリネズミみたいに、俺の制服から毛が生えている。


 


 「おはようございます。……行きましょうか」

 「うん。って……どうしたの?」


 なぜか、紬は俺との距離を普段よりも保って歩いている。なにかやらかしたっけ、と俺は少しショックを受けつつ脳みそをフル回転させて考える。


 「……ちょっと、皆に知られるのが恥ずかしくなってきました。今さら、ですよね」

 

 紬は頬を赤く染めて、だんだんと声を小さくしながら言う。


 「まあ、誰かがいないうちは普段通り過ごそう?」

 「そうですね」


 学校での過ごし方は、少し考えないといけないかもしれない。人目を気にせず過ごせそうな場所といえば……屋上とかかなあ。


 俺たちは、今まで通り学校へと歩いていく……のだが。

 どちらも口を開かず、それでいて少しでも長く一緒にいる時間を伸ばそうとゆっくり歩いている。


 「あの、蒼大くん」

 「あのさ、紬」


 話し始めようとしたタイミングが被ってしまう。


 「……どうぞ、蒼大くん」

 「……いやいや、紬から先でいいよ」

 「むっ……私のお願いが聞けないと申しますか」


 紬は、江戸時代の奉行みたいな口調でちょっとふざけて言う。真顔でそんなことを言うので、さらに面白い。

 

 「あははっ。じゃあ、言います。

 俺としては……学校でも最近みたいに喋ってたいけど、少し様子見しておこうかなと」

 「……私も、同じことを言おうと思ってました」


 紬には、常に潜在的ファンがいるが、本人はまったく話しかけたりする気配がないので、しょうもない恨みを買ったりする可能性はある。


 「でも、やっぱり俺が耐えられるか分からねえ……」

 「お昼は、一緒に食べましょう」

 「そうだね」

 「それに、ふたりきりのときの特別感が増して良いと思います」


 俺は紬の言葉に微笑んで頷き、また学校へと歩き始めた。


 ていうか、紬が恥ずかしいって言い出すのは少し意外だったな。


 「……なにか失礼なことを考えていませんか、蒼大くん?」


 紬は、俺の心を見透かしたかのように声をかけてくる。もしかしてエスパーなの?


 「いやー?」


 俺は紬としっかり目を合わせないようにして返す。


 「蒼大くんは誤魔化すのが下手ですね。はやく言ってください」

 「紬が恥ずかしいって言い出すのが意外だなーって思って」 

 「……なんですか、私も恥ずかしいって思ったりしますよ」


 紬は俺の袖をぐいぐい、と引っ張って、からかわないで、と言わんばかりの表情を見せる。いつも通りの距離感になってきて、ちょっと安心した。


 

 クラスに一歩踏み入れると、新学期ということで騒々しいくらいの盛り上がりだった。

 特に紬とは間を空けることなく、俺は教室に入る。流石にこれぐらいのことで勘付かれはしないはず。


 「クリスマス、ぼっちだったか? だったよな?」

 「それはそうだろ」


 そんな友人たちの声が耳に入ってくる。まだ陽翔は来ていないようだ。

 ちなみに、入学当初は猫をもふるために秒速下校をキメていた俺だったが、文化祭での活躍もあり、普通に過ごしている。……これが逆に、今は火種を生みそうだけど。


 「お、猫村じゃん。クリスマスどっか行った?」

 「あー、猫のおもちゃ買いに行ってた」

 「そういうやつだったな」


 嘘はついていない。なんとか乗り切れた……と思えたのは一瞬だけだった。


 「俺、友達と遊びに行ったんだけど、花野井さんを見かけた気がしたんだよな」

 

 ぎくっ、と俺は身を固くする。


 「え、1人だった?」

 「ん……どうだったっけか」

 「じゃあ、誘えば良かったじゃんー」


 それ以上重要な情報が出てくることはなく、チャイムで会話は中断された。


 次の休み時間、とんとん、と肩を優しく叩かれて俺は振り返る。

 

 「……ヒヤヒヤしましたね」

 「心臓が縮まったよ」


 紬は、こそっと俺の耳元で囁いてくる。他の誰にも聞こえてはないだろうけど、怪しまれる程度には距離が近い。また心臓が縮まった。


 ……様子見、って言ってたはずだけど。この調子じゃ、1週間もすればすぐバレるな。


 まあ、バレて厄介事が起こったとしても、なんとかしてみせよう。


 

 


 



 


 


 



 

 

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