第51話 ゆったりお正月

 初詣から帰ってきて、俺たちはこたつに吸いこまれる。大吉のおみくじは、俺の家の玄関に飾られることとなった。


 「そういえば、蒼大くんは宿題終わりましたか?」

 「まだ三分の一くらいしか手を付けてない。そういう紬は終わらせたの?」


 俺たちの高校の三学期開始はなぜか早い。成人の日を過ぎてからでいいでしょ……?


 「私はもう終わらせました」


 少し得意げな表情で紬は言う。


 「うっ……1人で頑張らないとだな」

 「隣で終わるまで応援してます」


 そう言って、紬は正面から俺の隣へと移動してくる。


 とりあえず、生物基礎の宿題から進めるとするか。


 ……猫の体温は、どうやら人よりも高いらしい。教科書に載っているグラフを見ると、気温が10℃くらいのときでも体温は38℃とかある。

 どうりで、冬はきなこを抱きかかえてすりすりしたくなるわけだ。


 ペンを握って10分ほどが経ち、ふと横に目をやる。

 そこには、猫2匹に囲まれていて、見るからに暖かそうな紬がいる。


 「羨ましそうですね」

 「そりゃもちろん。……なんで俺、先に宿題やってなかったんだろ」


 心当たりはあるが……。クリスマスとか、大晦日とかが楽しみすぎて、まったく手につかなかったんだよな。


 「蒼大くんが宿題を終えたら、なにかご褒美を用意しておきますので、頑張ってください」

 「……頑張る」


 きなことクロは、交互に撫でられて目を細めて気持ちよさそうに座っている。俺も早く猫になりたい。



 「……あと1つだけだから、終わったってことにしてもらっていい?」


 1時間ほど集中すれば、冬休みの宿題くらいすぐに終わるものだ。たまに紬と話したりもしたので、実際集中していた時間はもう少し短かったりもする。


 残しているのは一番めんどくさい課題なんだけど。


 「しょうがないですね……。でも、そろそろ私も声をかけたくなってきていたので」


 紬は、いつの間にかハンモックに行ってすやすや寝ている猫たちを眺めながらちょっとだけ寂しそうに言う。

 ……ほんと、どうして宿題進めてなかったんだよ、1人の時の俺。

 

 「……ご褒美、でしたよね。……どうぞ」


 今なら紬が淹れてくれるコーヒーが効きそうだな、と思っていると、紬は少し恥ずかしそうに、俺を膝枕へと誘う。


 「この前、蒼大くんの膝枕が気持ち良かったので……次は、蒼大くんが休む番です」

 「俺の頭、重いと思うけどな」


 体格の差からして、俺の頭はかなり重く感じると思うけど。俺も、少し足が痺れそうだったから。

 まあ、紬の顔を眺めていたら何時間でも耐えられたとは思う。


 「む……しなくてもいいですか?」

 「ぜひお願いします」


 勢いでそう言って、俺はゆっくりと膝枕に頭を乗せるが……。


 「……なんだか、恥ずかしいですね」

 「う、うん」


 目の前、それもほんとに目と鼻の先って表現がぴったりなくらい近くにお互いの顔がある、という状況は今までになかった。この前は、紬は眠っていたし。


 「でも、なんだか私までほっとした気持ちになります」


 紬は、俺の胸あたりに優しく手を添えて言う。クロを抱えてるときのような、慈愛に満ちた表情だ。


 「……このままゆったり夕方まで過ごす、というのも悪くないですね」

 「うーん……もう少し休んだら、外でちょっと遊びたいなと思って」

 「いいですね。蒼大くんが満足いくまで、ゆっくりしてもらっていいですよ」


 紬は、クロやきなこの相手をするときと同じように、俺のことを甘やかしてくれた。



 「そろそろ行こうかな」

 「……羽根突きですか、いいですね」


 俺は、そろそろ補給は完了したな、と思って紬を外へと誘う。俺が羽子板を持っているのに気づいて、紬は言う。


 「こないだ、きなこの餌を買いにホームセンターに行ったら、たまたま目に留まって」

 「たしか、相手が落としたら顔になにか描いていいんですよね」

 「そのルール、有りにする?」 

 「はい、負けませんので」


 ということで、俺は筆ペンを部屋に取りに戻り、また庭へと出る。

 庭の雪は、だいぶ溶けてしまっている。天気予報、ちょっと外れたな。

 

 「行きますよ?」

 「うん」

 

 紬は、小虫を目の前にした猫のように瞳を輝かせている。


 紬と俺は、庭を使えるだけ使って、前後左右に相手を揺さぶりながら羽根突きをする。

 紬は、頭上に飛んできたものもジャンプして器用に返してくる。



 「……ふふっ、くすぐったいです」

 「俺はもっと描かれてるんだから、ちょっと我慢して」


 俺が顔にペンで印を描くと、紬はこそばゆそうに身をくねらせる。俺の顔は今どういう感じなんだろう……何回も羽根を落としてしまったからなあ。


 俺たちは、北風に翻弄されながら羽根突きを楽しんだ。


 「……私の勝ちですね。……蒼大くん、可愛いです」


 なにが可愛いんだろう、と疑問に思っていると、紬は洗面所の鏡のところに俺を連れて行く。


 「写真、撮らせてください。我ながら可愛く描けたと思うので」

 「分かった……?」


 そこには、猫のひげと鼻が描かれた男が立っていた。たしかに、可愛く描けている、とは思う。対象を間違えた感じはあるが。

 これが紬だったらなあ……。


 「紬の顔に描き足してもいい?」

 「いいですよ……ふふっ、やっぱりやめ……」


 ルールからは離れてしまったが。


 紬の感覚はどうやら敏感らしい。なんだか、いけないことをしているような気分になってしまった。


 猫のひげをたくわえた俺と紬でツーショットを撮ったのが、このお正月のハイライトになった。




 


 



 

 

 




 


 


 


 


 


  

 

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