第50話 初詣
「早めに朝ご飯食べてから、初日の出を見ながら初詣に行くっていうのはどう?」
「いいですね」
紬は微笑んで了承してくれる。
今日の予定決定。寝正月でも良いけれど、ちょっともったいない感じはあるもんな。
「じゃあ、俺が……」
まだ5時過ぎぐらいだけど、さっそく準備を始めるか、と思って立ち上がろうとする。
冷蔵庫の中にはある程度食材があったはず。お正月に備えて、買いだめしてて良かった。
「……待ってください。その、一緒に作りませんか?」
紬は立ち上がりかけた俺の手をぎゅっと掴んで、俺を引き止めにかかる。
「いいの? 夜更かしして疲れてるかな……と思って」
「蒼大くんは、変なところで気が利くのか利かないのかわかりません」
紬は、微笑んでみせて続ける。最近は天使モードで俺のことを軽くからかってくるな。
「私がやりたいって言っているので、気にすることはありませんよ」
「分かった。なら、さっそく作ろうか」
「はい!」
紬は俺のことを見上げて、元気良く頷いてくれた。
俺たちは台所にふたり並んで朝食の準備をする。いつもみたいに洋食でも良かったけれど、お正月だしなあ、と思った結果、ぜんざいを作ることにした。
「……一緒に料理をするっていうのも、恋人らしいことのような気がします」
砂糖を入れて煮込みながら、少しすくって味見をして紬は言う。
「たしかに。だから提案してきたの?」
「それもあります。でも、一番は……蒼大くんの隣にいたいな、と思いまして」
俺はその言葉を聞くと、静かになって下を向く。
……なんでそんな普通に照れさせるようなこと言ってくるの? 一緒に料理って、恋人らしいこと以上な気がするんだけど。
恋人という関係性をよくわかってないが故の距離の詰め方が可愛らしい。
「えっと……どうかしましたか?」
紬は心配そうに、俺の顔を覗き込もうと俺の下に潜り込んでくる。
「……可愛いなと思って」
「褒めても……なにも出ませんよ」
結果、両者照れ。既に甘い空気のなか、俺たちはぜんざいを完成させた。
「あ、紬のは白玉が1個少ないな」
ぜんざいをついだ器を机に運んでから気が付いた。
俺はスプーンで白玉をすくって、紬の分の器の方に近づける。
ぱくっ、と紬はスプーンの上の白玉を口に含む。その様子は、小動物的で可愛らしいものがある。
もともとそのまま食べてもらう予定ではなかったけど……これはこれでありか。
「ありがとうございます。美味しいです」
「いや、お礼を言われることでも」
そのまま紬はなにも気にすることはない、という様子でぜんざいを味わう。……俺も、気にする素振りは見せないようにしよう、と思いながら、スプーンで白玉をすくう。
白玉が甘いのは、小豆のためだけではないような気がした。
「そろそろ行こっか」
「そうですね」
片付けをして、ゆったりと過ごしていると、東の空がだんだんと明るくなり始めた。
俺たちは、それぞれ上着を羽織って外へと踏み出す。今日は気持ちの良い晴れのようだ。
先日からの雪が残っていて、一歩踏み出すごとにリズム良く寒さを感じる音がする。かまくらは今日ぐらいまでなら持ってくれそうだ。
神社に向かう途中、俺たちは足を止める。もうそろそろ、太陽が現れる時間帯だろう。
空の橙色がだんだんと濃くなっていって、太陽が顔を覗かせた。
「……綺麗ですね」
「うん」
なんとなく紬と手を繋ぎたくなって、俺は紬の手に触れる。
意図を察してくれたのか、紬はぱっと手を広げる。
しばらくの間、俺たちはそこで足を止めていた。
俺たちは家の近くの神社に着いた。ここらへんの人は、車で少し遠くの有名な神社に行くので、境内には人の姿がちらほらあるだけだ。
鳥居をくぐると、狛犬が俺たちのことを見つめてくる。……猫が祀られている神社って、あるんだろうか。
八百万の神と言うぐらいだし、日本全国を探してみたらいるんだろうな。
「どうかしましたか、蒼大くん」
「……いや、猫を祀っている神社ってあるのかなあと、狛犬を見てたら思っただけ」
「近くにもあるそうですよ?」
紬はもともと知っていたらしい。いつの間にか、猫に関する知識の量を逆転された可能性が大きい。
「いつか行ってみましょうね」
「そうだね。近いうちに行けたらなあ」
猫に関する場所といえば……いつか、猫の島にも行ってみたい。
なんでも、島民よりも猫の方が多いとか。楽園じゃん。
「じゃあ、お参りに行きましょう」
「うん」
俺たちは並んで、お賽銭箱に5円玉を投げ入れる。
丁寧にお辞儀をし、手を合わせる紬の姿が横目でちらりと見える。
なにをお願いしたんだろうな、と気になったものの、こういうのは聞いたり言ったりするべきじゃないんだろうな。
「おみくじ、引きますか?」
「んー、どうしようかな」
凶が出たら、ここから良くなるだけと思い、大吉が出たら素直に喜ぶので、なにが出ても関係ないみたいなところはあるけど。
「じゃあ、私が先に引いてみますね」
紬はちょっと悩んでから、すっと1枚引き抜く。
「見てください、大吉ですよ」
「おお、良かったね。今年もいい年になりそう」
紬は、俺に大吉のそのおみくじを渡そうとしてくる。……え?
「引くか迷っていた様子でしたから……ふたりで1枚ということにしませんか?」
「そういうのってありなの?」
「ありです。……わかりませんけど」
「分かった。じゃあ、俺も大吉パワーをいただくね」
「はい。今年もいい年にしましょうね」
間違いなくいい年になる、という確信が、今年始まってまだ半日にもなってないが満ち溢れていた。
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