第49話 お正月の朝

 ◆◇◆◇◆


 「ん……あれ」


 私はいつの間にか寝てしまっていたのに気づく。眠い目を細めて、枕元の時計を見るとまだ午前3時だった。

 遅く寝たときの方が、なぜか普段よりもかなり早く起きてしまう確率が高いような気がする。眠りが浅いからかも。


 「ひゃっ……!?」


 私は隣に目をやると、驚いてつい声が漏れてしまう。眠っている猫村くん……いや、蒼大くんを起こしてしまいそうで私は慌てて毛布で口を抑える。


 いつの間にか隣で寝ていた猫ちゃん2匹は、不思議そうな顔でこちらを向く。


 「ん〜」


 蒼大くんは寝返りを打って、私の方に顔を向ける。


 起こしてしまったかも……と思ったけれど、そんなことはなかったらしく、蒼大くんは幸せな表情で眠り続けている。


 「……さっきと全然違いますね」


 私は、緩みきった表情の蒼大くんを眺めがらそう呟く。口の緩み具合が、猫の口の形になっているように見えた。


 気持ちを伝えてくれたときは、惹き込まれるようなまっすぐな目をしていて、格好良いと思ったけれど、今は可愛らしいと感じる。

 こんなにも印象が変わるものなんだな、と思う。にしても、ほんとに幸せそう。


 ずっと蒼大くんの顔を眺めていると、目が冴えてきて再び寝ようにもなかなか寝付けなくなってしまった。


 私は、蒼大くんを起こそうかな、といういたずら心が働いて、手を少しずつ蒼大くんの顔に近づける。


 『……幸せそうに眠っていますが、いいんですか?』

 『いいよ、最初から夜更かしする予定だったんだし。それに、蒼大くんならそこも可愛いって言ってくれるよ』


 私の中の天使と悪魔が戦いを始めてしまっている。私はぶんぶんと頭を振って、手を引こうとする。


 『……いいの? せっかく蒼大くんに可愛いって言ってもらうチャンスなのに』

 『……そ、そうですよね』


 あっさり私の中の天使は悪魔側に行ってしまった。



 「……起きてください、蒼大くん」


 私は蒼大くんの頬にぴとっと人差し指を当てる。少しの面積しか触れていないのに、暖かさがじわじわ伝わってくる。


 「どうしたの……つむぎ」


 蒼大くんはパチッと両目を開けて、私のことを優しく見つめてくれる。

 

 蒼大くんはスイッチを手で探って部屋の照明をつける。私たちを、ほんわりとした橙色の優しい光が包み込む。


 「……その、あんまり眠れなくて。今からでも、一緒に夜更かししませんか?」

 「結局、つむぎが先に寝てたね」


 蒼大くんはそう笑いながら言って、体をゆっくり起こす。


 「そうそう、さっき言い忘れてたことがあってさ」

 「な、なんですか」


 これ以上なにがあるんだろう、と私は何を期待しているのかは良くわからないが身を乗り出して聞く。


 「あけましておめでとう、つむぎ」

 「そ、そうですね。あけましておめでとうございます」

 「なんでちょっとそっぽ向くの……? まあ、これで新年の挨拶は最初につむぎに出来たな」


 そう言ってよし、と小さくガッツポーズをしている蒼大くんは、やっぱり可愛く見えた。


 ◆◇◆◇◆


 俺は、紬の柔らかい指が触れるのを感じて目を覚ます。


 ……今は3時20分か、まだまだ朝までは時間があるな。今からでも夜更かし、と呼べるのかは微妙ではあるが……起きておくのは余裕だ。


 そういえば……。


 「あけましておめでとう、つむぎ」

 「そ、そうですね。あけましておめでとうございます」


 紬はなぜか、俺の方をまっすぐ見ずに言う。……恥ずかしいのか? まあ、照れ屋なのところももちろん可愛いけれど。


 「……今日はなにしますか?」

 「そうだね……美味しいものでも食べようか。今日も雪降るのかなあ」


 まだまだ外は暗いので、かまくらが無事かどうかはわからない。


 「……初詣とか、行きませんか?」

 「名案だね」


 俺たちが話し合っていると、きなこは俺の膝の上に進軍してきた。面白い話をしてそうだな、聞かせろと言わんばかりの表情で俺たちふたりを交互に眺める。


 「その……振り袖、とかはないですけど」

 

 紬は、ぼそっと付け加える。見たくないのか、と言われたら嘘になるけれど、別にそのこだわりはそこまで……いや見たいけどね?


 「大丈夫だよ。つむぎはどんな服でも似合うと思うし」

 「蒼大くんって、そういう言葉が意外とすぐ出てきますよね」

 「なんか微妙にディスられてる気がするのは気のせい?」

 「……なかなか気持ちは伝えてくれませんでしたけど」


 俺が苦笑いしながら言うと、紬は口を小さく動かして言う。

 そこを突かれたら痛いな……。


 「……数時間の話に戻りますけど、ずっと、伝えてもらえるのを待っていたので……嬉しかったです」


 紬は唐突にデレてきて、少し迷ってから俺の手を優しく握る。


 「……そっか。そう言ってもらえて俺も嬉しい」


 今年のおみくじは、引くまでもなく大吉だろうなと思った。


 


 


 


 


 


 


 


 



 


 


 


 


 

 


 

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