第47話 大晦日と伝えたいこと

 結局昨日は、かまくらの中でごろごろしてみたり、おしゃべりを楽しんでいたりしてると夕方になっていた。


 今日に備えて、早めに寝ようというわけで昨日は18時ぐらいで打ち止め、ってことになった。



 そして今日、12月31日の朝がやってきた。カーテンを開けると、昨日作ったかまくらが健在なのを確認できた。


 「おはようございます、今日も楽しみましょうね?」


 俺が食パン1枚の簡単な朝ご飯を食べ終えたのとほぼ同時に、花野井さんが訪ねてくる。

 わずかな変化だけど、リラックスした様子で俺の家にやってきてくれるようになった気がする。


 「もちろん。年越しそばとか作ろうか?」


 俺はまだまだ朝、と呼べる時間帯なのに夕食の話をする。


 「お願いします。毎年食べていたので、年越しそばを食べると1年の終わりって気がします」

 「たしかに俺も毎年食べてるな。……お昼はどうしようか?」

 「用意してきました」


 どうやら花野井さんはお昼の食材を持ってきてくれたようだ。

 かまくらの中でも食べられるように、おにぎりを握ってきてくれたらしい。


 「猫ちゃんと遊んでから、私たちも遊びに行きましょう」

 「そうしよう」


 遊びたそうにしているクロときなこの目の前で、猫じゃらしを振る。2匹とも、飛びかかってきて軽く争いになっている。


 「こっちもあるよ?」


 花野井さんは優しく2匹に声をかける。

 いつの間にか花野井さんは新兵器を買っていたみたい。クロへのクリスマスプレゼントだろうか。



 しばらく遊ぶと、クロときなこは遊び疲れてタワーのハンモックに向かっていった。すやすやと寝始めるのを見届けて、俺たちはかまくらに行く。



 さっそく俺は、おにぎりひとつを頬張る。中には鮭が入っていた。


 「どうですか? 頑張って作ったので、美味しかったらいいですけど」

 「ん……美味しい」

 「それは良かったです。じゃあ、私もいただきます」


 俺たちは、流石に伸び伸びとできるまでのスペースはないかまくらの中で身を寄せ合ってお昼を食べる。


 「これから、なにをしますか?」

 「この前みたいに雪合戦でもやる?」

 「いいですね」


 俺たちはおにぎりを食べ終えるやいなや、雪が降りしきる外へと繰り出す。

 雪合戦スタートだ!


 「うわぁ!?」


 ばふっ、とかまくらの陰から花野井さんが突っ込んでくる。もこもこしたパーカーを重ね着しているので、普段よりも体積が1.5倍ぐらいになっている。


 俺は雪のクッションと花野井さんのクッションに体が包まれるのを感じた。


 「ふふっ……油断してましたね、猫村くん?」


 花野井さんは勝ち誇った表情で俺のお腹の上に乗っかっている。重くなんかないが……そこに乗られるとちょっと。

 俺はバタバタ動いてみる。


 「あ、その……すみません」


 耳の先が赤くなっている。たぶん寒さのためだけではないだろう。


 「……遠慮なんかなしでいいよ。あ、部屋に戻ったらTVゲームでも対戦しよう」

 「それって猫村くんの得意分野ですか?」

 「うん、そうだけど」

 「なっ……! ズルはいけませんよ」


 花野井さんはそう言うと、雪をすくって俺にぶっかけてくる。雪を払うと、いたずらそうに微笑む花野井さんの顔が目に入った。


 「まだ時間はたっぷりありますし、いっぱい遊びましょう」

 「もちろn」

 

 俺が返事してるのに追撃するのはやめて。

 


 部屋に戻って、俺が操作方法から手取り足取り教えると、花野井さんはみるみるうちに上達して、コンピュータとの対戦が成立するようにまでなった。


 「今の、見てましたか?」

 「うん。見てた見てた」


 花野井さんは、クロを膝の上に載せて楽しそうにプレイしている。


 「勝ちましたよ?」


 花野井さんは、後ろで見守っていた俺の方を振り向いて笑顔を見せる。愛弟子の勝利を見届けられて師匠は嬉しいよ。


 「猫村くんと対戦したいです」

 「……望むところ」


 師匠に挑んでくる弟子、というのはバトル漫画のようでアツい。まあ、師匠の実力を見せつけるとしようか。




 「楽しかったですね、猫村くん?」

 「なぜ互角なんだ……!?」


 勝ちと負けがほぼ同じ回数という対戦結果に満足できなかったが、俺は蕎麦を茹で始める。調理をする俺を、花野井さんは隣で見守る。


 「かまぼこ、入れるんですね」

 「うん。花野井さんの家はなに入れてたの?」

 「私の家も、かまぼこを入れてました。なんだか、昔を思い出して懐かしいです」


 俺が作る年越し蕎麦で、昔のことを思い出してくれるというのは嬉しいものだ。懐かしい味、ならさらにいいだろう。


 仕上げに、卵をひとつずつ蕎麦の上に落とす。


 「懐かしい味がします。来年も頑張れそうです」

 「そう言ってもらえると作り甲斐があるよ。まだまだ食べたかったらあるからね」

 「はい。たくさんおかわりさせてください」



 俺たちは年越し蕎麦を味わい終えて、ベッドの上でくつろぐ。かまくらで寝るのは、崩れたときにどうにもならなくなりそうでちょっと怖かった。


 「……本当に、この1年は楽しかったです。猫村くんとクロのおかげですね」

 

 花野井さんは唐突に口を開くと、しんみりとした様子で1年を振り返りながら言う。

 気持ちを伝えるなら今だと俺の直感がそう言っている。


 「俺も花野井さんのおかげで楽しかった。……伝えたいことがあるんだけど、聞いてもらえる?」

 「分かりました」


 花野井さんは、俺の瞳をまっすぐ見て頷く。期待のこもったまなざしが、俺の瞳を捉えている。

 伝えたいことがある、と言っただけなのに、緊張してきて体温が上がるのを感じる。


 「来年も、俺と一緒にこうやっていてほしい」


 緊張で、ストレートに伝えるべき部分が抜けてしまっている。


 「もちろんですけど……今まで通り、ということですか?」


 花野井さんは、嬉しそうでいて、少し物足りない、といった感情を覗かせる。


 「いや。……これからは恋人として、仲良くしてもらえますか?」


 やっと、ストレートに言うことができた。花野井さんはなんと言ってくれるのだろうか、と俺は固唾を飲む。

 

 「猫村くんのこと、大好きですけど……付き合うのはよくわからないので、教えてください」


 花野井さんは、そう天使のような微笑みを見せて言う。


 「俺も分からないけど……一緒に探していけたらいいね」


 花野井さんは、こくっと頷いてみせてくれる。


 「……絶対、離れませんよ?」

 「もちろん」

 「……独り占め、してしまうかもです」

 「うん」

 「クロやきなこちゃんよりも……構ってちゃんかもですよ?」

 「それも可愛い」

 「……もう」


 俺が間髪入れずに返すと、花野井さんは照れて顔を隠す。

  

 「これからも、よろしくお願いします」

 「こちらこそ」


 新年の挨拶は、誰よりも先に恋人である花野井さんに言えるな、と思うと嬉しい。年越しの瞬間までは、あと1時間ちょっとだ。


 



 

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