第44話 もういくつ寝ると
……今日は12月30日、か。
ベッドに転がったまま、俺はベッドの脇に置いてある時計を持ち上げる。
花野井さんが実家へと出発する日と、俺の親が家に戻ってくる日の朝が来た。
俺はゆっくりと体を起こし、何気なくテレビを付ける。
『今日から1月2日にかけて、全国的に大雪となり……』
ニュースを伝えるアナウンサーの声が、耳に流れ込んでくる。
また言ってるよ……いつもかまくら作れるかな、って楽しみにしてるけど、そこまでは積もらないんだよなあ。
半信半疑でカーテンを開けると、そこにはこないだ雪が積もったときよりもさらに真っ白な世界があった。
ベッドに上がってきたきなこも、この前の雪遊びが懐かしいのか外を食い入るように眺めている。
『既に運休を決めている路線や欠航を決めている便もあり……』
これは……結構大事のようだ。
俺は窓の外の雪景色を見ながら優雅に朝食を取っていると、親から電話がかかってきた。
『ほんとは今日帰りたかったんだけど……大雪で、乗る予定だった飛行機が飛ばなくなっちゃって』
「そうなんだ、まあ……急がないから春休みにでも帰ってきてもらえば。数日雪が続くみたいだし」
『なんか冷たくない、蒼大?』
「いつも通りだと思うけど。あ、お土産あったら送ってもらっていいよー。食べ物とか」
『やっぱりいつも通りだったかも』
母さんは笑いながら返してくる。ふたりで楽しそうに写っている写真はお土産とは言いません。
「じゃあね。元気にしててね」
『うん。蒼大こそ』
「うん、気をつけとく」
声を聞いたのが懐かしくて、母さんの声が耳に残っている。……誰だ、電話の声は本当の声じゃないとか言ったやつ。
今日からは冷えそうだし、なおさら気をつけないと。
いや、家から一歩も外に出ない可能性はあるな。
インターホンが鳴り、俺は外へと飛び出す。さっそく記念すべき一歩目を踏み出してしまった。
「その……お願いがありまして」
花野井さんは、眉を下げて少し申し訳なさそうに口を開く。そんなに気を使わなくていいのに。
「どうしたの? って、けっこう雪付いてる」
わずか数メートルほどしかない俺の家までの間に、かなり雪をくっつけてきたみたいだ。
俺が花野井さんの肩の上の雪を優しく払うと、くすぐったそうに花野井さんは目を細める。
「ありがとうございます。それで、本題なんですが……この雪で、実家に帰るための電車はすべて運休だそうで。 もし良ければ……年末も、一緒に過ごせたら、なんて」
最後の方は随分小声で言う。花野井さんのその声が、雪と北風の音にかき消されてしまいそうだったので、俺は耳に全神経を集中させる。
「もちろん。年越しの瞬間とか見てみる?」
「はい……! 今までは途中で寝てしまっていたので、猫村くんと新年を祝うために頑張ります」
どうやら気合十分のようだ。寝落ちしてしまうのはあるあるだけど。
「じゃあ、さっそく上がってもらって」
「ありがとうございます」
「……パーカー、着てくれてるんですね」
「うん、もちろん」
花野井さんが嬉しそうに言って、俺は自分が着ているYURURINEKOのパーカーを眺める。やはり可愛らしいデザインだ。
「私も猫村くんのプレゼント、使ってます」
「コーヒーとか飲むの?」
「はい。あのマグカップで飲む、朝のブラックコーヒーは格別です」
花野井さんがブラックコーヒーを嗜む、というイメージは全くなかったので俺は驚いた。
「花野井さんって、ブラックコーヒー飲むんだ。砂糖いっぱい追加してると勝手に想像してた」
「……苦いコーヒー飲んでもらいますよ?」
「あはは、ごめん」
意外な一面を知ることができて嬉しく思った。いつか苦いコーヒーを飲まされそうな気はするが。
俺はお子さま舌なので飲めないんだけど……。じゃあからかうな。
まだお昼を食べるには少し早い時間だ。何をしようか、と迷って外を眺めると、かねてからの念願が達成されそうなくらい雪が積もっているのが分かった。
「花野井さん。一緒にやりたいことがあるんだけど」
「なんですか、ドリップコーヒーでも淹れますか?」
最近、花野井さんの冗談が飛び出す頻度が上がっているような。
「かまくら作ってみたいなあ、と思って」
「いいですね。作ったら、クロときなこも一緒に入りましょうね」
「もちろん。そこで生活できるぐらいにしたい」
「それは楽しみです」
俺たちはまるで子供の頃のように、意気揚々と庭へ出て行った。
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