第43話 幸せな食卓
なにやら布団の中でもぞもぞ動く気配を感じて、俺は重たい瞼を持ち上げる。
クロときなこがにょっと掛け布団から顔をのぞかせる。……あれ、なんで2匹いるんだろ。
もしかしたら花野井さんの家にいる夢……だったりするのか……? なら目を瞑っておくべきだった。
俺はまだまどろみの中にいる。
クロときなこが出てきても、掛け布団は盛り上がったままだ。
「……そうだったな」
流れるような、絹のような美しい髪が布団の外にはみ出ているのを見て、ようやく現在の状況を思い出した。
もう9時前かあ……日を跨ぐぐらい夜更かししたから、当然か。
満足いくまで花野井さんには休んでてもらおう。
俺は花野井さんには声をかけず、ゆっくりベッドを抜け出す。
「……おはようございます」
花野井さんは目をこすりながらこちらを向く。
ふわぁと、手で隠しながら小さくあくびをする姿が、後ろの窓から差す暖かな光と相まって、天使のように見えた。
「ごめん、起こしちゃった?」
「いえ、大丈夫です。せっかく猫村くんが来てくれているのに、寝て過ごすのはもったいなと思いまして」
「……そっか」
花野井さんはなんということもない様子で朝イチからデレとしか捉えられないことを言う。
もしかしたら、サンタさんのふりをした神様とかに素直なデレ方をプレゼントされたのかも。
……どういうことだ。
「昨日は花野井さんに色々やってもらったから、俺が朝ご飯作ろうか?」
「……待ってください。起きたからって、布団を抜け出そうとは言ってません」
花野井さんは再び俺を布団に引き戻す。
もしかして……花野井さんは土日ごろごろして休みまくる、天使の中でも堕天使の部類に属していたのだろうか。
俺は別にそっちもアリだと思うけど。
「クロたちもいるんですから」
「たしかに」
2匹とふたりが身を寄せ合った布団の中は、暖房なんかいらないと思えるほど暖かかった。
「……そろそろ朝ご飯にする?」
クロときなこが朝ご飯をくれ、と鳴き始めて、俺たちはようやく布団から抜け出す決意をする。
真冬に布団と仲良くなってしまったら、なかなか離れられないな。
「そうしましょう。私も手伝います」
「大丈夫だから」
「……じゃあ、台所で見守っておきます」
花野井さんに調理器具を借りて、俺は手早く目玉焼きとキャベツの千切りを用意する。ずっと隣で見守られていたが、特にミスすることなく作り終えられて内心ホッとした。
「ありがとうございます」
俺と花野井さんは、向かいあってテーブルにつく。
あとは食パンが焼けるのを待つだけ。
「いやいや、そこまで時間かけてないから。美味しいって言ってもらえたら嬉しいけど」
「つい昨日、猫村くんが言った言葉をそのまま返してもいいですか? ……猫村くんが作ってくれたんですから、美味しいに決まってます」
言い終えると、花野井さんはニヤッとしてみせる。……そう言われると照れるな。
俺たちは、パンが焼けるのを待ちながら先におかずを食べることにした。
「……どう?」
「おいひ……こほん。美味しいです」
行儀が悪いと思ったのか、花野井さんはちゃんと言い直す。
可愛らしい小さな口いっぱいに頬張って食べているのはずっと見ていられる。なんでも好きなものを作るよ、って宣言したくなった。
遅めの朝ご飯を食べ終えたあとは、そのまま家でぐでっと過ごした。
あっという間に夕方になって、俺は名残惜しいけれどそろそろ帰ろうかな、と思う。
「今までで一番楽しいクリスマスだった。……ありがとう」
「……はい。……年末は一旦実家の方に帰るので、昨日と今日一緒にいられて良かったです」
「俺も、親が帰ってくるらしいから……お土産もらっておくよ。お菓子とかあるだろうから、一緒に食べよう?」
「はい、楽しみにしてます」
花野井さんに会えない日が続くのは残念だなと思っていたけれど、花野井さんが微笑んで言ってくれたのでそんな気持ちも和らいだ。
「プレゼント、毎日使ってくださいね?」
俺が玄関のドアを開けて外に一歩出ると、花野井さんは声をかけてきた。
「もちろん。きなこに引っかかれないように気をつけておくよ」
「ふふっ、そうですね」
親にパーカーのことを尋ねられたら、高校で一番の友達……いや、友達以上の存在にもらった……とかやっぱり言えねえ!
流石に恥ずかしい。
ただ、毎日花野井さんとの思い出を振り返られるのは良いな、と思う。というわけで、親がいても着ることにはしよう。
そう決意して、花野井さんに手を振って二歩目を踏み出した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます