第42話 クリスマスの夜②
さっきよりもさらに目が冴えてきて、花野井さんが寝ていたとみられるタオルケットの抜け殻が目に入った。
……ちゃんと断っておけば良かった、と今さらながら後悔する。
俺がそんな風に考えていることなど露知らず、花野井さんはもぞもぞと布団の中で動いて、少し上の方に上がってきた。
「今日のクロはあったかいね」
花野井さんは幸せそうな寝顔のまま、俺をクロと勘違いして言う。
そして、俺の横腹あたりを柔らかく掴んで、持ち上げようとしてみる。
もちろん、俺の体はぴくりとも動かない。
「……クロ、太ったー? 私がご飯あげすぎたかなあ」
花野井さんはまだ勘違いしているようだ。たしかに、たまに俺もきなこにおやつとかをあげすぎかもしれないな……と思う。
「ご飯くれー!」と言ってるかのように鳴かれると、ついあげすぎてしまうんだよなあ。
「んー……クロ。返事してよ」
いつもはニャー、とか鳴いてくれるのだろうか。花野井さんはそう言いながら、夢の中のクロに頬を擦り付けようとしているのか俺に近づいてくる。
花野井さんの寝息が頬に触れて、俺はびくっと反応してしまった。
「どうしたの……?」
花野井さんが不思議がって言うと、リアルなクロがベッドに飛び乗ってきた。花野井さんも、気づいたかもしれない。
「……!?」
寝ぼけた瞳が俺の顔を捉える。数秒のタイムラグがあってから、今の状況が少しずつ、霧が晴れたかのように分かってきたみたいだ。
「す、すみません……! 途中で起きて、戻ったときに間違えました」
花野井さんはあわあわしながら説明を試みている。
「いやいや、俺が花野井さんのベッド借りたからだよ。やっぱり、布団借りて寝てもいい?」
「その……お布団はないんです。親戚に、必要な家具だけ譲ってもらったので。少ない方が便利かなと思いまして」
部屋に上がらせてもらったとき、家具は少なめだとは思ったけど。猫を飼うのには相当便利ではある。
「だから、気になさらないでください」
「……うん」
そういうことならなおさら先に言っておけば良かったな、と思っていると、妙な間が空いてしまった。
花野井さんが口を開いて、その静寂を破る。
「せっかくですし……このまま、お話しませんか? 猫も、夜行性ですし」
花野井さんは、期待に満ちた目を俺に向けてくる。
「そうしよう。明日も休みだし、疲れてたら日中寝てもいいからね」
昼夜逆転生活というのはプチ悪魔的で、なんとなく楽しくなってくる。花野井さんも同じように感じているみたいで、いたずらそうな微笑みを見せる。
「何を話しましょうか……あ、プレゼントと言えば、猫村くんの誕生日はいつなんですか?」
「俺は、3月22日生まれだよ」
かなり最後の方なんだよな、あと1週間ちょっと遅れていたら1個下の学年に放り込まれていた。
「私の方が先輩、ですね。先輩って呼んでくれてもいいんですよ?」
花野井さんは、身長に対してはあるほうだと思う胸を張って、さらに主張を強めさせて言う。
花野井さんの先輩ムーブはかなりアリだ。小柄な先輩を甘やかすにしても甘やかされるにしても、どちらも可愛いに決まっている。
「花野井先輩の誕生日はいつなんですか?」
「ふふっ、ノリがいい後輩くんですね。私の誕生日は……2月22日です」
花野井さんも気に入っているようだ。
「え……羨ましい」
猫好きが羨む数字、222。車のナンバーとかでも見かけたら幸せになれそうな気がしてくる。
「猫村くんの誕生日の、ちょうど1ヶ月前ですね」
「たしかに……それにしても、2月22日はほんとに羨ましいなあ」
「えへへ」
……めちゃくちゃ嬉しそう。
俺たちは、そんな感じの他愛もない会話を続けた。
花野井さんが、夢の世界に引き込まれかけているのに気付いて俺は口を開く。
「……やっぱり、俺はそこに座って寝るよ。体操座りなら寝られるって、中学の時に気付いたんだ」
「さっきまで、一緒に寝てたんですから……同じことです。って、体育の時間に寝てたんですか?」
「うん」
「なにしてるんですか」
花野井さんは俺のパーカーの袖を引いて、ベッドに誘導する。
袖をぎゅっと掴んだままの花野井さんに続いて、俺はベッドに横になる。
「猫村くんが嫌じゃなければ……良いですか?」
「もちろん」
花野井さんは、恥ずかしいのか掛け布団を頭から被ったが、俺も一緒に被っているのであまり効果はない気がする。
「来年も、サンタさんは来てくれますかね?」
しばらくして、花野井さんは俺の方に顔を向けてくれた。
「うん……絶対、来るよ」
「楽しみにしてます」
1年後を待たずに、とっておきのプレゼントをあげたい、と思った。……気持ちを、ちゃんと伝える、とか。
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