第41話 クリスマスの夜①

 「お待たせしました。お口に合うと良いのですが」


 花野井さんはクリスマスらしい料理の数々を運んできてくれた。カリッと揚げられたチキンだったり、ポテトだったりが輝いて見える。


 「花野井さんが一生懸命作ってくれたんだから、美味しいに決まってるよ」

 「え……あ、そうですか? ほ、褒めても何も出ませんからね」


 俺が思ったことをそのまま言うと、花野井さんは明らかに動揺している。その表情をもう少し眺めてたいな、と思ったのは内緒で。


 「さっそく、頂いていい?」

 「どうぞ。……テーブル、持ってきますね」


 俺が立ち上がろうとすると、花野井さんにやっぱり止められた。

 よいしょ、と花野井さんは低めの丸いテーブルを運んでくる。


 「こうやって、誰かとご飯が食べられるのは……本当に幸せなことですね」

 「ほんと、そうだね。しかも、花野井さんと食べられてるなんて……いつものご飯の10倍は美味しい」

 「ほんとですか?」


 俺が美味しさを噛み締めながら言うと、花野井さんは前のめりになって聞いてくる。


 「ほんとだよ」

 「……私は、毎日食べてもらってもいいんですけど」


 なら毎日食べに行きたい、と言いそうになる。流石に毎日は迷惑だろうな。


 豪華なクリスマス仕様揚げ物セットを食べ終えると、デザートのクッキーが出てきた。

 揚げ物でお腹は膨らんでいたが、クッキーは別腹である。


 「……ごちそうさまでした! 美味しかった、ありがとう」


 夕食を堪能して、俺は両手を合わせてお礼を言う。

 

 「猫村くんの胃袋にも、プレゼントをあげられたみたいですね」


 そんなサンタさんは初耳だけど、アリだと思う。



 「クリスマスらしいことって、何でしょうか」


 片付けを終えると、花野井さんは突然そんなことを言う。カップルだったらイチャイチャするんだろうけど。


 「んー、なんだろ。まあ、俺たちはいつも通りきなことクロと遊んでたらいいと思う」


 そう言って、俺は新型のおもちゃを出す。ここは青い猫が出す道具みたいな効果音付きで。


 「クロの新しいおもちゃ、買い忘れました……」

 「そんなこともあろうかと」


 花野井さんがしょんぼりと肩を落としたのを見て、俺は同じおもちゃをもう1つ出す。


 「……いいんですか?」

 「うん。俺からクロへのクリスマスプレゼントっていうことで」

 「……ありがとうございます」

 

 花野井さんはクロを抱きかかえて、自分の顔をクロで隠しながらお礼を言う。

 クロの代わり、ってことか。


 俺たちは腕が疲れるまで2匹と遊び続けた。2匹はかなりカロリーを消費してそうだが、俺たちは腕が筋肉痛になるぐらいでたいした運動になることもなさそうなのはなんとも言えない……。


 「もうすっかり夜ですね。……猫村くんは私のベッドを使ってください」


 いつの間にか、時計の針は10時半を指していた。遊び終えてからは、色々猫トークとかもできたので楽しかった。


 「え……花野井さんはどこで寝るの?」

 「カーペットの上にタオルケットを敷いて寝ます」

 「それ絶対腰痛くなるけど……大丈夫?」

 「たまにクロを撫でたまま、そのまま寝てしまったりするので、大丈夫です」


 遠慮しておこうとは思ったけれど、花野井さんは有無を言わさぬ雰囲気を醸し出している。

 俺のことを考えていて頑固なのは可愛らしいけれど、自分自身のことをもう少し優先してほしい。


 「……おやすみ、花野井さん」

 「おやすみなさい」


 花野井さんはまだ起きておくらしく、クロときなこと一緒に俺の様子を見守っている。

 多分だけど、お風呂に入ったりするんだろう。

 俺はヘタレマンなので、花野井さんちに来る前に自宅でシャワーを浴びてきた。借りるのはハードルが高い。


 部屋は暗くなったものの、被った布団の中に充満している花野井さんの良い香りで、どうしても眠れない。楽園に咲く花のような甘い香りが、俺の鼻腔をくすぐる。  


 それに追い打ちをかけるように、花野井さんがシャワーを浴びている水の音がわずかながら聞こえてくる。


 視覚が制限されている中、俺の嗅覚と聴覚は過敏になっていて、どうにもむず痒い気持ちになる。


 花野井さんがお風呂から出て、部屋に近づいてくるのを感じて、今度こそしっかりと目を瞑った。



 夜中、被っている布団の中でなにかがもぞもぞと動くのを感じた。

 俺はパッと目を覚ます。けれど、また眠気がやってきて再び瞼を閉じた。

 飼い主の布団に潜り込んできたクロってところだろう。布団に入ってくる猫なんて……まったく、可愛すぎるだろ。


 「あっつ……」


 今は冬だよな……? 俺の周りだけ夏に飛ばされてしまったのか、と思って俺は目を覚ます。さっき目を覚ましてから15分ぐらいしか経ってねえよ。


 「……!?」


 俺は腰から下が動かせないことに気が付いた。金縛り……ではないよな。


 目が暗さに慣れてくると、さらさらの美しい髪の持ち主が隣にいて、俺の腰に手を回しているのが分かった。


 「むにゃぁ……あったかい」


 ふにゃふにゃした、猫が喋ったらこんな感じなんだろうなという声を花野井さんは出している。


 ……これ、花野井さんが起きた時はどうなってしまうんだ……?


 


 


 



 

 






 

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