第38話 クリスマスのお出かけ①

 待ちに待ったクリスマス当日。外に出ると、小雪がちらちらと舞っていた。ホワイトクリスマス……になるのかな? 

 寒冬になる、って予報はどうやら当たっているらしいな。

 

 「おはよう、花野井さん」

 「おはようございます、猫村くん」


 花野井さんはぺこりと頭を下げる。

 ファーコートがもこもこしていて暖かそうだ。天女の羽衣かと思ってしまう。


 「服、似合ってるね」


 普段の俺なら恥ずかしがって言わないような一言が、つい口から飛び出た。


 「そ、そうですか? ……やった」


 花野井さんは、俺がいる目の前で、手をぎゅっと握って喜んでいる。その様子が可愛らしくて、俺は胸がきゅっと詰まるのを感じる。


 「……それじゃあ、行きましょうか?」

 「うん」


 花野井さんはくるっと俺の方を振り返って、微笑みながら言う。腰のあたりまで伸ばしている髪が、嬉しそうに揺れている。

 自分がテンション高めなことには気づいてない様子だ。



 俺たちは電車に乗って、都会の方を目指す。

 車窓から、横なぐりの雪が吹き付けているのが見えた。山の方はだいぶ雪化粧している。


 電車を降りた瞬間、ツンと刺すような寒さが俺たちを襲う。

 ちょっと薄着過ぎたかもしれない……と思って、俺はポケットに手を突っ込む。


 「今日は……寒くない?」


 花野井さんに問いかけて、俺はポケットから手を出す。指を動かしてないとすぐ冷えるな。


 「はい、大丈夫です。いっぱい重ね着してきたので」

 「それはそれで、室内に入った時暑くなりそう。調節、難しいね」

 「たしかに……」


 花野井さんは、俺の言葉を聞いてなにやら考えている。冬の都会は、寒暖差がジェットコースターだったりするからなあ。


 「そのときは、猫村くんに調節を頼みます」

 「……寒くなりたいときはギャグを捻り出そう」

 「ふふっ……あ、笑ったら暖かくなってしまいました」

 「どうすればいいんだ……!?」


 俺が解決策を提案すると、花野井さんはくすっと笑う。今は冬なのに、春に咲く可憐な花のように感じた。


 話が一旦終わって、俺は再びポケットに手を潜らせる。


 「……猫村くんがちょっと寒そうなので、先に渡しておきます」


 花野井さんが今羽織っているコートぐらいふわふわしている手袋を渡された。


 「クリスマスプレゼント、第一弾です」

 「ってことは……第二弾もあるの?」

 「はい。これから買います」

 「楽しみだなあ。……あったか」


 手袋を早速はめると、指の先がじわじわと暖まっていく。

 

 「自信作なので……大事にしてもらえると嬉しいです」


 俺の反応を見守りながら、花野井さんは言う。

 大事にしないはずがあるだろうか、いやない。


 「もちろん。10年でも20年でも使うよ」

 「来年、違う色のをプレゼントしますよ」


 どうやら、来年のクリスマスプレゼントも保証されたようだ。日替わりで着けて登校しようかな。


 「来年も、楽しみにしておくね」

 「はい。私も楽しみにしておきます」


 なぜかもう今年のクリスマスは終わってしまったかのような空気になっている。まだ始まったばかりだよ!

 そういや、駅のホームからも出ていない。


 「行きたいお店……ここの上だよね」

 「そうです。……人、多いですね」


 改札までやってきたけれど、人がごった返していてなかなか前進できていない。クリスマスだから当然か……去年まで家で過ごしていたから、人の多さの想定が甘かった。


 とりあえずあそこの階段を上がれば……と思って、頭上の表示を眺める。


 「あれ……花野井さん?」


 さっきまで隣にいたはずの花野井さんを見失った。

 きょろきょろ周りを探すが、人の波に流されてしまって発見できない。


 「花野井さんー?」


 この時の俺はスマホという21世紀最大の発明がポケットの中にあることを忘れていた。さっきは熱もらおうとしてたのに。

 

 家の中にいるはずなのに、どこに行ったか分からなくなってしまったきなこみたいに、近くにいるはずなのに見つけられない。


 出会ったときの花野井さんは、たぶんこんな気持ちだったんだろうな。今の花野井さんもだろうけど。

 ……大事な存在を見失って、胸が押しつぶされるような気持ちだ。


 人混みの中で、焦って周りを探し続ける。


 ぽふっ、と背中にふわふわなコートが触れる感覚がした。


 「……猫村くん」

 「良かった……ごめん」

 「今日これからは、目を離さないでください」


 花野井さんは腕を前側に回してきて、俺のことをホールドして言う。安堵がはっきりと声から読み取れた。


 「分かった」

 「絶対ですよ?」

 「うん。絶対」


 花野井さんは俺を捕らえた体勢をキープしたまま念を押してくる。

 不注意とはいえ、見失うことは二度とあってはならないな。


 俺が応えると、花野井さんは腕を解いて、服の袖が触れ合うぐらいの距離で歩き始めた。


 



 





 


 


 


 


 






 


 

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