第34話 夜も付きっきり

 「……体調はどうですか?」


 うーんと唸りながら目を覚ますと、きなことクロ、そして花野井さんが俺のことを見つめていた。

 今ので、精神的な体力はだいぶ戻ってきてんだけどな。……言ってる場合か。

 花野井さんは俺に問いかけながら、体温計を渡してくれた。


 「ちょっと良くなったかな」


 平気そうに言いながら壁の時計に目をやると、もう時刻は20時を回ろうとしていた。


 「花野井さん、俺は大丈夫だから、もう遅いし帰った方がいいかと」


 そう言ったあとに俺は咳き込む。大丈夫だという証明が難しくなってしまった。

 実際のところ、まだあまり体調が良くなっているような気配はない。


 「心配なので、今日はここにいます……猫村くんが良ければ、ですが」

 「……無理しないで」

 

 俺はまた咳をしながら言う。ちゃんと、花野井さんの反対側を向くぐらいの元気はあった。


 「猫村くんが言いますか」


 花野井さんは、間髪入れずにツッコミを入れてくる。


 「とにかく、猫村くんは風邪を治すことだけに専念してください。……前言ってたじゃないですか、『困ったときは助け合おう』って」

 「……たしかに言ってた」


 花野井さんは、優しいお母さんみたいに言う。きっと、花野井さんのお母さんも優しい人だったんだろうな、となんとなく感じた。

 悩んだけれど、ここは花野井さんの優しさに甘えていいのかな、と思う。


 「なにか食べたいものとかありますか?」

 「んー……」


 もう夜遅いし、1人で買いに行ってもらうわけにはいかない。

 俺はふわふわした感覚がして上手く回らない頭を総動員して冷蔵庫にあったものを思い出す。


 「……ヨーグルト、とか」


 消化に良さそうだし、なんとなく冷たいものを食べたい気分だ。


 「分かりました。取ってきますね」


 花野井さんはすぐに台所へと向かい、気が付くと器に入ったヨーグルトを持ってきてくれた。


 「普通に座るの、きつくないですか?」

 「……ちょっときついかも」


 そう返すと、花野井さんはクッションを俺の体の下に差し込んでくれた。これで、少し体を起こすだけでヨーグルトが食べられるな。



 花野井さんは、ヨーグルトをすくうと、スプーンを俺の口に近づけてくる。


 「ん?」


 自分で食べられるかな、どうだろうと思っていたところに、スプーンが差し出されて俺は一瞬固まった。

 現在の状況は、働かない今の俺の脳みそでもわかる。


 「……きついって言ってたので、別におかしいことはないと思いますが?」


 花野井さんは、きょとんとした表情でさらにスプーンを近づけてくる。


 「……ありがとう」


 今日のヨーグルトは、いつもより寝かせていたからか、より深い甘みが増しているような気がした。


 「まだ、食べられますか?」

 「……うん」


 花野井さんは、クロやきなこに向けるような優しい眼差しを俺に向けて尋ねる。俺が頷くと、またヨーグルトをすくって食べさせてくれた。



 ……花野井さんの寝床、用意しないと。

 ヨーグルトを食べて、少し体の熱が引いた俺は花野井さんが台所にいる隙をついて押し入れを探る。


 「なにしてるんですか」

 「うっ……びっくりした」


 いきなり電気がついて、俺は見つかってしまった。


 「早くベッドに戻ってください」


 花野井さんは言いながら、俺の背中を支えてベッドに誘導する。足取りがおぼつかなくて、少し申し訳なく思う。


 「猫村くんはおとなしく寝ててくださいね?」

 「……はい」


 若干の圧を感じて、俺はこくこくと首を縦に振る。

 花野井さんの視線を感じたので、しばらく目を瞑っておくことにした。



 ◆◇◆◇◆


 私は、猫村くんが寝ついたのを確認すると、自分が寝る場所を洗面所で考え始めた。

 猫村くんが心配で押しかけてきてしまったけれど、逆に迷惑をかけてしまったような気もして……。


 そう反省していると、突然電話がかかってきた。


 ……氷室さんだ。私は急いで出ようとして、ビデオ通話モードに切り替えてしまった。

 猫村くんの部屋から離れているので、声は聞こえないはず。


 「遅くにごめんなさい。今日、紬の元気がなさそうだったから心配で」

 「え……そうでしたか?」

 「うん」


 やっぱり氷室さんは優しい。はぐらかすのが申し訳なくなってきて、やっぱり本当のことを言おう、と思った。


 「……猫村くんが休んでるのが、心配だったんです」

 「……様子、見に行ったんでしょ?」


 氷室さんは、一瞬間を置いてから核心を突いてくる。


 「ど、どうしてそれを」


 なんでバレたんだろ、と思って急いで聞く。


 「お昼より表情が柔らかい。それに声もちょっと明るい」


 ぴしっと指を差して、氷室さんはクールに言う。


 「そ、そうでしょうか」

 「友達のことだから、それぐらい見てたらわかる」


 氷室さんに優しく言われて、私は胸が熱くなるのを感じた。


 「……猫村くんのこと、好きなんでしょ?」


 今度は豪速球を投げ込んできて、私は顔が熱くなるのを感じる。


 「自分でもよく分からなくて……でも、一緒にいたいなと思う気持ちは最近ますます強くなってると言うか……」

 「やっぱり紬は可愛いね」

 「む……」


 ちょっとからかわれてる気がする。けれど……最近、猫村くんといるときの胸の高鳴りは好きだからなのかもと、妙にすとんと胸に落ちた。


 ◆◇◆◇◆


 一回トイレに行って、顔を洗ってからまた寝ようと決意して、俺は立ち上がる。


 さっきまでよりかはフラフラしないな、よし。

 俺はガラガラと洗面所のドアを開ける。


 「ひゃっ……!?」

 「わ、ごめん」


 先客がいたようだ。俺は慌ててドアを閉める。中から、「え、今のは?」って声と、「お、お父さんです」って声が聞こえてきた。


 頭が働かないので、何が起こっているのかよくわからない。


 トイレを済ませて手を洗うと、花野井さんはさっきみたいに俺のことをベッドまで連れて行く。

 ちょっと、びくびくしているような気がしたのは気のせいだろうか。


 「……今度こそ、寝るまでちゃんと見ておきます」


 花野井さんはそう宣言したが、30秒後には俺の布団に顔をうずめてすやすやと寝息を立てていた。


 「……ほんとにありがとう」


 俺は聞こえてないと分かっていながら、小声で花野井さんに言った。明日はちゃんと伝えなきゃだな。


 


 


 




 

 



 


 


 


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