第33話 風邪と看病

 朝目を覚ますと、汗をびっしょりかいているのに気が付いた。 


 「……きっつ」


 俺は、鉛のように重たく感じる体をなんとか起こす。ただ、立ち上がることができない。


 ……これは、多分熱あるやつだな。

 心当たりはないが……季節の変わり目で、気温が乱高下していたからだろうか。


 なんとか棚から体温計を取り出して、俺は、再びベッドの上に転がる。きなこが心配そうに俺のことを見つけてくる。


 「うっ」


 今お腹の上に乗ってくるのはやめてくれ……って、俺の鼻噛むのもね。餌をいつもの時間に入れてなかったから、その催促に来たのかもしれない。実は心配されてないのかも。


 『今日は先に行ってて、ごめん』


 ぐねぐねと体を動かしてスマホを掴み、体力を振り絞って、それだけ花野井さんに送信して、俺は体温を測り始める。

 あと学校が始まるまで2時間で良くなるとは到底思えないが、花野井さんに心配はかけたくないし、学校に行く望みはまだ捨てていない。


 「38℃か」


 真夏の最高気温ぐらいだな、と思って俺は力なくふっと笑う。

 食欲も湧いてこないし、とりあえず目を瞑っておくか。



 「うーん……」


 何時間か寝ていたみたいだ。なんか悪夢を見たような気がするが、まったく思い出せない。

 きなこは、心配そうに俺の顔を覗き込んでいる。

 餌あげれてなくてごめん……と心の中で謝っていると、きなこは俺の頬を急に舐め始めてくれた。


 きなこなりに、俺のことを思いやってくれてるのかもしれない。体力が少しでも復活したら、真っ先にカリカリ……いやちゅーるを準備しよう。


 少し寒く感じてきたけど、きなこが隣にいてくれて、ぽかぽかとした温もりを伝えてくれた。



 また数時間ぼーっとしていると、突然インターホンが鳴った。


 俺は這って玄関に向かう。さっき立ってみたけど、ふらふらして支えがないと5秒と持たなかった。


 出来る限り速く立ち上がって、ドアを開ける。


 「……今日一日、ずっと心配してました」

 「ごめん」


 花野井さんは、学校が終わってから走ってきたのか、少し息が荒れている。

 なんだか視界が朧気になってきて、俺はふらっと立ちくらみを起こす。

 

 「危ない……!」


 花野井さんは、ふらついた俺の体を咄嗟に支える。


 「……ごめん。迷惑かけて」


 俺はゆっくりと膝を曲げて、地面に腰を下ろす。そして、次の言葉をなんとか絞り出す。


 「……大丈夫だから、心配しないで」

 「どこが大丈夫なんですか。無理しないでください」


 花野井さんは、優しく諭すように言って、俺の家に上がる。言ってて喉がひゅーひゅー鳴ってて、俺でも大丈夫じゃない気はしてきたが。

 ……移してしまったらいけない。とりあえず、出るときにマスクは付けておいたけど。


 

 「ちょっと荷物取ってきます」


 花野井さんは俺がベッドにたどり着いたのを見届けてからそう言って、急いで俺の家を出て行った。



 数分後、花野井さんはバッグを持って再び俺の家に上がってきてくれた。


 「うどんとお粥、どちらか食べられそうだったりしますか?」


 花野井さんはいつの間にかエプロンを着けていて、お玉を手にさっそく調理を始めようとしている。


 「うーん……うどんがいいかな」

 「分かりました。……じっとしててくださいね?」


 俺が横で手伝うと思ったのか、花野井さんは念を押す。普段だったら手伝ってたんだけど。



 花野井さんは、ベッドの横まで溶き卵とねぎを入れたうどんを運んできてくれた。

 

 「温かい」


 せっかく花野井さんが作ってくれたのに、いつもより嗅覚が制限されていて、良く味わえないのが残念だ。

 ……さっきよりかは多少余裕出てきたかも。


 「無理してたんじゃないですか?」


 花野井さんはすぐ近くに椅子を持ってきて、俺の顔を心配そうに見つめる。


 「いや、そんなことないと思うけど」

 「気付かないうちにストレスが溜まってたとか」

 「花野井さんがいるのに、ストレスなんか溜まらないよ」


 ……待て待て。今俺、無意識にめちゃくちゃデレたな。


 「う、嬉しいですけど……原因は、分かりませんか」

 「そうだね……」


 花野井さんは、照れた表情を見せてから、慌てて普段通りの表情に戻して聞いてくる。


 ちょっと喋りすぎた、またげほげほと咳が出て、マスクを外していた俺は慌てて壁の方を向く。


 「まだ熱は引いてないので、無理しないでください」


 花野井さんはぴとっと柔らかな手を俺の額に当てながら言う。そして、立ち上がると台所の片付けに向かう。


 「分かった。ほんとごめん」

 「病人はわがまま言っていいんです。なんでもしますから、なにかあれば言ってください」


 いつか、この天使に恩返しをしなければならないなと思いながら、俺は花野井さんが注いでくれたお茶を一口飲んだ。

 


 


 

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