第32話 進む季節

 最近きなこが今までよりもふもふになってきたので、冬が近づいてきているなあと思う。……まだ11月なんだけどな。


 帰ったらブラッシングしてあげるか……。そうだ、クロも連れてきてもらおう。最近は文化祭の準備ばかりで、クロに会っていなかったからな。


 そんなことを考えながら、授業中問題を解いていると、花野井さんは膝の上にブランケットを載せて温まっていた。

 ブランケットも猫柄なのか、徹底してんな。様々な可愛い猫たちが描かれていて、どこで買ってきたのか気になる、俺も欲しい。


 「どうかしましたか?」


 俺がずっと見ているからか、花野井さんは不思議そうに聞いてくる。


 「いや、そのブランケットいいなあと思って」

 「そういうことなら……」


 俺たちは教師に怪しまれないように、数cmほどゆっくりと机を近づける。一番後ろの席のみに認められた特権。


 「……これで、ふたりとも使えますね」


 花野井さんはいたずらそうに微笑みながら、俺のことを見上げて言う。

 いきなり距離の近さを感じて、俺の心臓の鼓動は走ったときぐらいまで速まる。


 先生に指摘されるかもしれないドキドキも加わって、俺の限界は近い……。

 席の場所を生かして、授業中ならふたりきりの時と同じくらいの距離感をしてくるんだよな、最近。


 なんとか授業を終えて、俺たちは机を元の位置へと戻す。花野井さんが少し残念そうな表情をしていたのが、また俺の心を揺らした。


 「くしゅん……ふぁ」


 花野井さんは、窓から吹き込んでくる隙間風のせいか、可愛らしいくしゃみをする。

 なにか暖かくなるようなもの……今日は、持っていないんだよな。


 「今年の冬は寒くなるらしいね」

 「そうなんですか……クロは寒くても大丈夫でしょうか」  

 「もっと毛がふさふさになると思うから、大丈夫だよ」

 「ふふっ、そうですね」


 花野井さんは、ふさふさになったクロの姿を想像したらしく、楽しそうに微笑んでいる。


 ちょっと前に、ニュースで今年の冬は寒冬になると言っていた。暖冬って言っても、冬だから当然寒いし、生活は変わらない気がするが。


 「そろそろ授業始まりますね……また、ブランケット使いますか?」


 花野井さんは、皆が前を向き始めたタイミングでそっと俺に耳打ちしてくる。


 「お願いします」


 最初は猫柄がいいね、と言ったつもりだったが、俺も少し寒さを感じてきた。

 さっきの時間は国語の少し厳しめな先生だったから怖かったけれど、この時間は優しい数学の先生だから大丈夫かな。


 「じゃあ……この問題、猫村」

 「えっ、はい!」


 バレたかと思ってめちゃくちゃ肝が冷えた。

 俺は、怪しい動きを見せないように慎重に立ち上がり、解答を板書する。


 「合っているぞ。ご苦労、猫村」


 数学のおじいちゃん先生は、俺の板書を確認するとそう言って解説に移る。……ふぅ。



 戻ってきてさっきのポジションにつくと、花野井さんがノートの端に、『ヒヤヒヤしましたね』と書き込んでくる。

 ……こっちは、花野井さんの可愛さにやられそうでずっとヒヤヒヤしてるよ。

 なんだかんだこの状況を楽しんでるでしょ、花野井さん。



 授業が終わり、放課後を迎える。

 俺と花野井さんは、部活もないので吹きすさぶ風の中を歩いて下校する。


 「今日、クロを連れてきてほしいんだけど」


 その途中、俺はそう花野井さんに言い出すことに成功した。


 「いいんですよ。なにか気になることがあるんですか?」

 「そういうわけではないけど……最近あんまり見てないな、と思って」

 「たしかに、最近、あまり猫村くんの家に行けてなかったですからね」


 花野井さんは「じゃあ、帰ったらすぐに一緒に行きます」と言ってくれた。


 言った通り、花野井さんは帰宅直後に俺んちにやってきた。


 「クロもそろそろ毛が増え出してるみたいだね」


 花野井さんがブラッシングをしてあげているのを眺めて、俺は言う。ブラシの間に、何本もクロの毛が挟まっている。


 「そうですね……冬は、抱きしめてたらカイロよりも暖かそうです」


 花野井さんはブラシを置くと、ゴロゴロ喉を鳴らしているクロをぎゅっと抱きしめる。

 真っ直ぐ俺の家にやってきたから、着ている制服にクロの毛がたくさんくっついていた。


 ついさっき、木枯らしの寒さを感じていたはずなのに、既に心の奥深くまで暖まっていた。


 


 


 


 

 

 

 

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