第29話 文化祭2日目②

 「おおー、似合ってるじゃん」

 「まじで?」


 俺が身だしなみを整えていると、陽翔に声をかけられた。

 俺のスーツ姿は結構高評価なので就職戦争を勝ち抜けるかもしれない。昨日は花野井さんにも似合ってると言われたし。


 きちんと襟を正して、俺は仕事場へと向かう。……しっかり猫耳も装着しておいた。


 メイド喫茶は文化祭定番ということもあって、お客さんが常に絶えない程度には人気がある。

 

 俺はケーキとオムライスを運びながら、教室の中を見渡す。

 ……まだ、花野井さんはやってきてないみたいだな。



 俺がシフトに入ってから30分経った。

 そろそろ来てくれるかなと思って、教室のドアが開くたびにそちらの方を向いてしまう。ちゃんと集中しような……?


 再びドアが開く音がして、俺は挨拶をしようとドアの方をぱっと向く。


 「お帰りなさいませ、お嬢様」


 花野井さんがドアを開けて入ってきた。氷室さんも一緒のようだ。

 たまたま入口近くにいた陽翔が俺のそばの空いている席を案内している。

 

 「ふふっ、似合ってますね」


 俺が注文を聞こうと近付くと、花野井さんは柔らかな微笑みを見せて褒めてくれる。


 「ありがとう、ございます……お嬢様」


 つい普段通りに言いかけて、慌てて訂正する。いまは執事なんだから、丁寧に対応しないとだった。

 きちんとお辞儀をして言うと、花野井さんは満足げな表情を見せてくれた。

 

 「何か食べたいものある?」

 「そうですね……」


 氷室さんと花野井さんは、近寄ってメニュー表を見ながら熟考している。

 俺はそんなふたりを静かに見守る。


 「あの……」


 何を食べるか決まったのか、花野井さんが小さく手を挙げる。


 「注文、お決まりになりましたか?」

 「……はい。その……」


 花野井さんは、俺と氷室さんを交互にちらちら見ながら、頬を赤らめて言う。


 「時間まで、ずっとここにいたいので……いっぱい注文してもいいですか?」

 「……もちろん」


 執事は、落ち着いていなければいけないようなイメージが俺の中ではあるけれど、こう言われて落ち着いていられるはずがない。


 落ち着いているような素振りを見せるために、俺はメモ帳を取り出して注文を書き込もうとする。


 「猫村くん……大丈夫? それ、ケチャップだけれど」


 氷室さんが心配そうな表情で指摘してくる。


 「えっ」


 俺はボールペンと間違えて、ケチャップを取り出していたみたいだ。危ない危ない。


 「……オムライスとチョコケーキとココアをそれぞれ2つずつですね」

 「はい、お願いします」


 メモの必要はなかったな、と思いながら、俺は注文の品を出す準備に向かう。


 残り20分か。たしかにこの時間からなら最後まで居られそうだ。そこまで考えて来てくれたのか……?

 

 裏側に回ってから、ふぅ……と一瞬一息つく。花野井さんが可愛すぎて接客がまともに出来ているか心配。


 「定番のあれ……やってもらえますか?」


 注文の品をお盆に乗っけて戻ると、花野井さんにそうお願いされた。


 「かしこまりました」


 俺はまたケチャップを取り出す。今回は合っているが。


 「美味しくなあれ」


 どこに需要があるんだ、というのは置いといて、羞恥心なんかはかなぐり捨てて俺はお決まりのせりふを言う。

 昨日花野井さんが描いてくれたみたいな猫を俺も描いた。我ながら可愛く描けたな。


 「ありがとうございます。……もったいなくて食べ始められないですね」


 花野井さんは昨日俺が思ったことと全くおなじことを言っている。


 ほんとはずっと眺めていたいけれど、他の仕事もあるからお皿を下げるときにまた……と思ってその場を後にしようとする。


 「……すみません。先に代金渡しておいてもいいですか? その、ちょうど交代の時間でバタバタすると思うので」


 花野井さんは俺を呼び止めて、謎理論を示しながら俺に代金を渡そうとする。


 「は、はい……わかりました」


 とりあえず紙に包まれた小銭を受け取っておいた。

 その包み紙には、「午後が今から楽しみです」とだけ書いてあった。


 俺がその紙を見てから花野井さんの方を振り向くと、俺にだけわかるように微笑んでみせる。花野井さんって、わりと策士だったりするのか?


 氷室さんは、花野井さんが微笑んでいるのには気づいているようだったけど、誰に微笑んでいるのかまでは分かっていない様子だった。


 昨日と同じように午後一緒に回ることへの期待を膨らませながら、仕事を続けた。






 

 

 


 


 


 


 



 


 

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