第28話 文化祭2日目①
文化祭2日目。俺の担当はメイド喫茶が開店してから1時間あと。
そして、花野井さんの担当時間は開店直後からの1時間だ。これは行くしかない。
メイド喫茶で、少し遅めの朝食を食べるために家ではヨーグルトをいただくだけにしておいた。
きなこが欲しがるので、少しだけ残してスプーンであげた。スプーンをペロペロ舐めるのが可愛くて、少しあげすぎたかもしれない。
登校すると、既に周りはお祭りムードだった。
2日目開始のチャイムが鳴ってとりあえず俺と陽翔はとりあえずぷらぷらと廊下を歩く。
「蒼大、俺たちのクラスのメイド喫茶行かねえか? ここらへんカップルゾーンっぽいよな」
3年生のフロアをざっと見て回り終えたところで、陽翔が言う。まだ時間は40分あるな。
……たしかに、男女で来ている人たちが多いかも。昨日の俺たちもそうだったけど。
「もちろん。俺も誘おうと思ってた」
「やっぱり花野井さんのこと狙ってるだろ〜?」
「うーん……」
陽翔はけらけら笑いながら言ってくるが、前そんな風に言われたときみたいに、やんわりとでも否定することはできなかった。
「……え、本気だったり?」
「ノーコメントで」
食い気味にそう返して、俺はメイド喫茶へと向かった。「置いていくなよ〜」と言いながら、陽翔は小走りで追いついてくる。
正直、メイド喫茶でバレそう……とほんの少し不安を感じた。
「お帰りなさいませ」
メイド喫茶お決まりの挨拶で、俺たちは迎えられる。
昨日と違って、花野井さんは接客の方に出てきてくれている。相変わらず、氷室さんは案内のボード持ちをやっているみたいだが。
「ご注文はいかがなさいますか?」
可愛らしいメイド服姿の花野井さんが寄ってきて、俺たちに聞いてくれる。スカートはちょうど膝ぐらいまであって、可愛らしさを求めつつおしとやかな印象もある。
「オムライス2つでお願いします」
俺たちは事前にオムライスを食べよう、と決めていた。
「分かりました」
花野井さんは頷くと、とことこと裏側に歩いていく。ポニーテールにした髪が、一歩一歩歩くごとに揺れている。
「やっぱり可愛いよな。人気だから狙うなら早めの方がいいかと」
「ああ……。可愛いのは同意」
謎のアドバイスをしてくる陽翔に、適当に返そうと思っていたけど、可愛いのはほんとだ。
花野井さんは、銀のお盆にオムライスが乗ったお皿を2つ乗っけて歩いてくる。
「あれ、やってもらってもいい?」
「……いいですよ」
メイド喫茶なら定番の、料理が美味しくなる魔法をかけてもらうことにした。
「美味しくなあれ……こんな感じ、ですか?」
そう言いながら、花野井さんは俺のオムライスにケチャップで可愛らしい猫を描いてくれる。
陽翔のは、通常バージョンなのかニコちゃんマークだった。
「……褒めてくれないと、追加料金取りますよ?」
一瞬聞き間違いかと思ったけど、花野井さんはたしかにそう呟いていた。かまってちゃんなメイドもありだと思います。
距離が、こないだの準備のときぐらい近い。ふわっといい香りが漂ってくる。
「ありがとう。この猫も……メイド服着てる花野井さんも可愛いと思う」
「嬉しいですけど……ちょっと、恥ずかしいです」
俺が真面目にそう褒めると、急に花野井さんは恥ずかしがって言う。
「花野井さんと蒼大って、仲良かったんだね。めちゃくちゃ距離近いよね」
陽翔は何気なく言ってみたつもりだったんだろうけど、俺たちふたりには効果てきめんだ。
「え……そ、そうですか?」
知り合いに言われるのはどうやら恥ずかしいらしく、花野井さんは銀のお盆で顔を隠して、目から上だけをのぞかせて言う。
「そ、そう?」
俺も慌てて尋ねる。
「うん。結構仲の良い友達には少なくとも見えるし……それ以上と言えばそうにも見える」
最後の一言は花野井さんに聞こえないように配慮してくれたのか、俺にだけ聞こえるぐらいの小さな声で言う。
「ごめんー、花野井さん? こっち手伝ってもらえる?」
「は、はい」
花野井さんはよほど動揺しているのかおぼつかない足取りで、向こうに行ってしまった。
あ……やらかしたなあ。ふたりきりの時みたいな距離感だったんだろう。最近距離が近いのに慣れてて……いやそれは嬉しいんだけど!
「あ、そろそろ俺たちも時間が近いな」
「お、ほんとだ」
俺たちはやっとオムライスに手を付けた。まだ温かくて、とろけた卵が口の中に広がる。
ケチャップで描かれた可愛い猫を崩したくなかったけど、覚悟を決めて俺はその部分を食べる。美味しいけど……うう……。
陽翔に、花野井さんと仲良さそうと言われるのは恥ずかしいけど、嬉しくもあった。最初はほぼ話してなかったけど、そう言われるほどまでには仲良くなれたのかな。
そう思いながら、ごちそうさまでした、と両手を合わせて、担当の準備をする。
「あ……猫村くん」
準備用のスペースで、ちょうど花野井さんと出会った。まだメイド服姿だが、さらさらした綺麗な髪を、さっきまでとは違って下ろしている。
なんだか気恥ずかしくて、お互い目をそらしてしまった。
……けど。
「……猫村くんの接客、見に行きますから」
そう宣言されてしまった。これは……頑張るしかなさそうだ。
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