第27話 文化祭1日目③
俺は花野井さんと俺の視界を遮っている、天井からぶら下がっている暗幕を払い除ける。
ここのクラスのお化け屋敷……力入りすぎだろ。まあ、3年生だから高校生活最後の行事として取り組むわけからそりゃそうか。
ほんとに、なかなか出口にたどり着かない。何回か行き止まりに出会ってしまったし。
「ひっ」
花野井さんは足に絡まった蔦に怯えている様子だ。俺の手を握る力が強くなっている。
「……俺がいるから、安心して」
「……分かりました。頼りにしてます」
俺は身を低くして、花野井さんに声をかける。
花野井さんは、さらにぎゅっと俺の手を握りしめる。そこまで握力は強くなさそうだけど、なかなか力が込もっている。
……なんだか、後ろを付けられているような。俺たちが歩くペースに合わせて、不気味さを一番感じるような距離で付いてこられている。
「ね、猫村くん……後ろになにか」
花野井さんも、後ろになにかいるのを察知したみたいだ。
「大丈夫だよ。……俺の真ん前歩く?」
「そ、そうします。て、手は、離さないでくださいね?」
花野井さんはびくびくしながら言う。
「分かった」
絶対に後ろは振り返らないでおこう、と俺は強く思う。
花野井さんの視界に俺が入らなくなってしまったからか、花野井さんの一歩一歩の大きさがさらに小さくなった。
俺の体にくっつくようにして、花野井さんは進んでいく。ほぼ俺に寄りかかっているような状態だ。
ぺちゃ、っと俺の肩になにか冷たいものが触れるのを感じる。つい声を上げそうになったが、花野井さんを驚かせてしまわないようにぐっとこらえる。
花野井さんは、前だけを見てゆっくりと前進していく。さっきよりか周りが少しだけ見えるようになってきた。
「……出口ですね」
「……やっと抜けれた」
ようやく、目の前の世界が明るさを取り戻した。暗闇から急に明るいところに出たせいか、目がチカチカする。
「お似合いだね、君たち」
3年生の女子の先輩が、脱出してきた俺たちを見るやいなや笑顔になって、からかうように言う。
「「あ……」」
俺たちは、お化け屋敷を脱出してからもずっとお互いの手を握りしめていたようだ。
「チェキ撮るよー? はい、チーズ」
「え……あ」
俺たちが、というか特に俺が恥ずかしさでフリーズしていたのなんて気にせずに、先輩はシャッターを切る。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます」
嬉しいけど、めちゃくちゃ恥ずかしい……と思っていたが、花野井さんはそこまで恥ずかしそうにしていない。
「思い出、できましたね。……大事にします」
「うん……俺も、大事にするよ」
花野井さんはあどけない表情を見せてくれる。俺は、その表情の可愛らしさで、一瞬なにを言うべきか忘れかけたけれど、きちんと現実世界に戻ってこれた。
「次行きたいとこある? というか、疲れてない?」
先輩にもう一度頭を下げてから、俺は花野井さんの方を覗き込んで尋ねる。
「はい、私は大丈夫です」
「じゃあ、行こっか」
俺たちは他のクラスの企画を探しに行こうと、再び歩き出した。
「猫村くん」
花野井さんは急に立ち止まって、俺に小さな声で呼びかける。
俺も足を止めて、振り返る。ぐいぐいと裾を引っ張ってこられたので、俺は花野井さんの方に耳を傾ける。
「……格好良かったですよ」
「へ……?」
そう可愛らしく耳元で囁かれて、顔が熱くなるのを感じる。
俺がどきまぎしているのを見て、花野井さんは微笑む。俺の反応がよほど良かったのか、少しいたずらそうな表情にも見える。
いたずら好きな子猫宣言は、本気だったらしい。
その後、俺たちは縁日に行って射的をしたわけだが……花野井さんのさっきの一言が思い出されて、まったく集中できなかった。
くっそ、格好いいってもう一度言ってもらおうと思ってたのに。
もう1つぐらい見に行こうか、と言っていたら、1日目終了のチャイムが鳴ってしまった。
花野井さんと帰ってくる間も、さっきの瞬間が何度も蘇ってきた。
花野井さんにまた明日、と言って玄関のドアを開ける。
文化祭1日目は、あっという間だったような気がするが、濃い1日だった。明日はどうなるんだろ……。
「明日も楽しみましょうね」
寝る前にスマホを確認すると、通知が来ていた。
「うん。今日行けなかったところ回ろう」
そう送ると、すぐにクロと戯れている写真が返ってきた。スタンプの代わりなんだろうか。
そういや、明日は花野井さんとシフトに入っている時間が違うから、花野井さんがメイドとして接客している姿が見れるのかもしれない。
楽しみ過ぎて、寝られそうにないなと思いつつ、布団に入る。
いつも通り、きなこが鼻をすんすん鳴らして布団の中に潜り込んできた。
明日が楽しみすぎるな……と思いながら、きなこの頭を撫でた。
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