第26話 文化祭1日目②
「その……どこに行きますか?」
花野井さんはさっきよりかは落ち着いたみたいで、俺たちは物陰から出る。
「とりあえず、お昼食べようか? お腹空いてない?」
「あ……そうですね」
俺たちはお腹を満たせるものを探しに行こうと歩き始めた。
「なにか食べたいものとかある?」
「そうですね……。あ、あのアメリカンドッグはどうですか?」
花野井さんが指差した先には、「フランクフルトとアメリカンドッグあります!」って看板があった。
他のクラスの喫茶も参考までに見ておきたいってのもあるし、あそこにしよう。
「中で食べる?」
「そうですね」
席はある程度用意されているはず。
教室を覗いてみると、もう席は全て埋まっていた。テイクアウトしかないか……落ち着いて食べられるから、いいか。
「ありがとうございます」
温かいアメリカンドッグが2つ入った袋を受け取る。
「ありがとうございましたー!」
爽やかな接客担当の声を聞きながら俺たちは教室を後にする。
ここのクラスは、世界の色んな食べ物を出していた。綿菓子とかピロシチとかタコスとか。食品の調達とか準備、結構大変だっただろうなあ。
「あの階段のところで食べる?」
「そうしましょう」
花野井さんはこくりと頷いてみせてくれた。
校舎の外に付けられた階段の一段目に腰を下ろす。
ザ・文化祭って感じの、わいわいした声が聞こえてきて、なんだか高揚した気分になる。
「いただきます」
花野井さんは行儀よく手を合わせて挨拶してから、はむっとアメリカンドッグの1口目を食べている。
「はふ……熱いので、気をつけた方がいいです」
「教えてくれてありがとう」
花野井さんは猫舌らしい。うーん、花野井さんのことを知れば知るほど猫らしくて可愛らしいところばかり見つかっていくな。
「ちょっと待ってて」
俺は近くに自販機があったのを思い出して、さっと口の中を冷やせるようなドリンクを買いに向かう。
「はい、どうぞ」
「ありがとうございます。……いいんですか?」
「うん。ちょうどクーポンあったし」
花野井さんに気を遣わせたくないので、小さな嘘はついておいた。
学校の自販機、クーポン使えるやつではないんだよな。はやく追加してくれ。
「猫村くんって、本当に優しいですね」
「まあ……ありがとう」
その一言を聞いて、俺は胸の中が暖かくなった。嬉しい気持ちのまま、アメリカンドッグにかぶりつくとまだまだ熱々だった。
「あっつ」
俺たちは、顔を見合わせて苦笑いした。
「そろそろどこか見て回る?」
「はい。色々行きましょうね」
花野井さんは、楽しみだという気持ちが伝わってくるような笑顔を見せて言う。最近、前よりももっと感情を見せてくれるようになったような気がする。
俺たちは3年生の教室を見て回りながら、面白そうな企画をやっているクラスを探す。
3年生の階の端っこで、他のクラスとは明らかに雰囲気が違うところを見つけた。廊下から黒と赤の2色だけの世界になっている。
お化け屋敷かあ。
「行ってみる?」
「は、はい」
花野井さんはいつもより一歩の大きさが小さくなっている。
「やっぱり……」
「こ、怖くなんてありませんから! それに……猫村くんも一緒ですし」
やっぱり他のところに行く?と言いかけたけど、花野井さんに制止された。
ぼそっと言った最後の一言が可愛らしすぎて、俺はお化け屋敷に踏み込むことを決意した。
「うわっ……暗いな」
文化祭のクラス企画だから、そこまで怖くないだろうと高をくくっていたが、間違いだったようだ。
「うわっ!?」
目の前からいきなりマネキンの首がぶら下がってきて、俺は後ろに一歩飛んで下がる。頭に当たったんですけど……。
「ひゃっ!?」
花野井さんもびっくりしたようで、俺との距離をぐっと詰めてくる。
俺は、小股で次の一歩を踏み出そうとする。
「その……手、握っててもらえますか?」
花野井さんにぐいぐいと服の袖を引っ張られて、俺は身をかがめる。すると、花野井さんは耳元でそう囁く。
「わかった」
俺は、ほんの少し先しか見えない暗闇の中で花野井さんの手をぎゅっと握る。
小さくて、やわらかくて……可愛らしい手だ。
暗闇という視覚が制限された状況では、触覚がいつもより冴えている。花野井さんの熱も伝わってくる。
わずか数時間前に味わった、緊張とドキドキの相乗効果を再び感じながら俺たちは広い教室の暗い迷路を進んだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます