第25話 文化祭1日目

 「おはようございます」

 「お〜、おはよう」


 俺たちはたまたま家を出るタイミングが重なって、一緒に学校へと歩く。


 「……花野井さんは、午後行きたいところとかあるの?」

 「そうですね……文化祭らしいところならどこでも行きたいです」


 花野井さんはどこに行くか決めかねている様子だったけど、そう言い終えると柔らかな微笑みを見せる。


 「んー、どこがいいかなあ」


 買い食いするのもいいし、アトラクションとかお化け屋敷を楽しむのもありだ。

 花野井さんと見て回りながら考えるとするか。



 文化祭が始まると同時に、俺たちのメイド喫茶の仕事も始まった。


 「お帰りなさいませ」


 花野井さんは、呼び込み用の板を持って教室の入口に立っている。

 教室の反対側の入口の方には、同じようにメイド服を着て呼び込みをする氷室さんの姿がある。


 たしかに、接客よりかはハードルは低そうだな。


 「え、めちゃくちゃ可愛い。入ってみようかな」

 「……ありがとうございます」


 花野井さんは、男三人組のお客さんに褒められてお礼を丁寧に言っている。けど、ほんの少し表情が固い。

 って、俺たちが接客しないといけないんだった。接客は男だけど、許して?


 「……いかがなさいますか?」

 「うーん、じゃあこのチョコケーキで」

 「かしこまりました」


 ふぅ……上手く行ったかな。

 この前、花野井さんと練習した成果が出たような気がする。


 「わ〜、衣装可愛い!」

 「……! ありがとうございます」


 大学生ぐらいの女子ふたりにそう声をかけられて、花野井さんはさっきよりも嬉しそうにお礼を伝えている。

 頑張っていたのを知っているから、そうやってお客さんに褒められているのを見ると俺まで嬉しくなる。


 爽やかな気持ちで、お客さんにチョコケーキを運んだ。

  


 「あとは頼んだ」

 「かしこまりました、猫村様」

 「もう本番モードなのか」

 「はい、練習が大事ですので」


 俺は既に執事風な対応の陽翔にバトンタッチする。最後に、お疲れーと笑いながら言ってくれた。

 1時間頑張ったなあ……。


 「お疲れ様です、猫村くん」

 「うん。花野井さんも、お疲れ様」


 着替えを済ませて、もう制服姿に戻った花野井さんと合流する。……今日は一瞬しかメイド服姿を見れなかったな。


 「……頑張りました」

 

 花野井さんは達成感に満ち溢れているようだ。


 「頑張ってるところ、ちゃんと見てたよ」

 「猫村くんも、昨日の練習より上手くなってました」

 「そう?」


 忙しそうだったのに、見てくれてたんだと思うと、なんだか嬉しい。


 「はい。スーツ、似合ってました」

 「ありがとう」


 これからは制服にスーツを公認してくれないかな、と思う。


 「お昼、食べに行こうか?」

 「そうですね……。でも、その前に」


 俺は、花野井さんに服の袖を掴まれて薄暗い物陰に移動する。甘い香りが、ふわっと俺を包み込んだ。

 花野井さんは無言で俺を見上げてくる。……なにをしてほしいのかは一瞬で察した。


 「……お疲れ様」


 要求を汲み取って、俺は優しく花野井さんの頭に触れる。

 いつも思うけど、本当に俺なんかで良いんだろうか。

 ……嬉しそうだからいいか。


 撫でるのを10秒ぐらい継続していると、足音が近づいてくるのに気付いた。

 俺が慌ててぱっと手を離すと、花野井さんは少し不満げな表情を見せる。


 「花野井さん、いなかったな……一緒に回らないか誘いたかったのに」

 「残念だったな。まあ、俺らと回るのも楽しいだろ」

 「まあな〜」


 クラスの男子たちの声だ。クラスの男子からの圧倒的人気を誇っているだけあって、行事のときはこういうこともあるのだろう。


 「どこから回る?」

 「そうだな……」


 足音と話し声はさっきよりも大きくなってきている。

 あれ……もしかして、めちゃくちゃ近く通ります?


 俺たちは、息を殺して物陰に潜める。花野井さんは、俺の服を掴んで隠れようとしている。

 そこまで密着してると、気付かれたとしても角度的に俺しかたぶん見えないな。


 見つかるかもしれない緊張と、密着されているドキドキが相まって俺はオーバーヒート寸前だ。


 「まずはなんか食べようぜー」

 「おー……」


 だんだんと声が遠ざかっていくのを感じて、俺はほっとして肩の力を抜く。


 「ふ〜、緊張した……」


 俺たちは顔を見合わせて苦笑いする。30秒ぐらい寿命が縮んでしまった可能性まである。


 「じゃあ、そろそろ昼ごはん食べに行こうか?」

 「……もうちょっとだけ、待ってください」


 俺の服の裾をぎゅっと握りしめて、花野井さんは俺を引き止める。


 「その……まだドキドキが収まらなくて」

 「分かった」


 俺は頷いてからしばらく考えたのち、中断される前のように頭に触れようとする。


 「……い、いまはちょっと」


 花野井さんは本気で照れてるみたいだった。

 ……これは1日中お互い意識してしまうやつだな。


 


 


 


 





 

 

 


 


 


 







 

 

 

 



 

 

 


 

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