第24話 文化祭準備もラストスパート
「食べ物はどうするの?」
「んー、冷凍ケーキを解凍して出すとか?」
「それ、採用で」
「オムライスは?」
「もちろん採用します」
俺は盛り上がっている男子のところで意見を聞く。
文化祭が残り1週間に迫ってきて、準備のために時間が取られた。
クラスの男子も、花野井さんと氷室さんのメイド服姿が見られるかもしれない、ということで準備にも気合いが入っているようだ。
花野井さんは分からないが、少なくとも氷室さんは乗り気ではないと思うけど。
「家からクーラーボックス持ってこれるよー、って人いますか?」
「はーい!」
勢いよく相良さんが手を挙げてくれた。
「じゃ、よろしくお願いします」
「りょーかい」
ここまで色々決まって来たら、あとは接客の練習ぐらいか。男子は当日ノリよくこなしてくれるだろう。
花野井さんと氷室さんがほんの少し心配ではある。このふたりが客をたくさん集めてくるのは目に見えているが。
放課後、俺は接客のマニュアルをある程度作っておこうと思って、またネットの力に頼る。
メイド喫茶とか、行ったことないしなあ……。
『お帰りなさいませ』って言ってもらえば、とりあえず成立はしそうだな。氷室さんも、ギリ許可してくれそう。
台本に頼ってしまうと棒読みになりそうだし、そこまで考えなくてもいっか。
仕事がなくなってしまって、ぼーっと花野井さんの方に目をやる。
「ふふっ」
花野井さんは、スマホの画面を眺めていて明らかに上機嫌そうな様子だ。鼻歌でも歌いはじめそう。
「……なんだか楽しそうだけど、どうしたの?」
つい気になって、声をかけてしまった。
「い、いえ。別に、なんでもないですよ?」
花野井さんは、無理やり真顔を作って返事をしようとしているが、頬が緩んでいて、さっきまでの笑顔の名残が見て取れる。
「そっか」
「そ、そうです」
差し当たり、クロの画像でも見てにこにこしていたってとこだろう。
しばらく何も声をかけずに見守っていると、また自然な微笑みがこぼれていた。
……そういや、文化祭のときに教室に運び込む長机ってどこから持ってくるんだろうか。生徒会の担当さんにでも聞きに行くとするか。
そう思って、花野井さんの隣を通過しようとする。
「ひゃっ!?」
花野井さんは、耳まで真っ赤になって、スマホを俺からは絶対に見えないように胸に押し当てて隠す。
スマホに押されて、弾力のある胸の膨らみが普段よりもかなり目立っている。
「み、見ましたか……?」
「いや、見えなかったけど」
普段ならクロの画像なんだろうな、と思ってただろうけど、そこまで必死に隠されるとなおさら気になる。
まあ、そんなに見られたくないなら……わざわざ聞くってのは気が引ける。
「もうだいたい準備終わってきたから、接客の練習でもする?」
長机の確認は今度でいいや、と思いながら、俺は気まずくなりかけた空気を修整しようとする。
「接客の練習……ですか?」
「うん。いちおう、メイド喫茶ってことだから」
「分かりました」
例えばなんと言えばいいのか、って質問されて、俺は調べたことをそのまま伝える。なんかちょっと恥ずかしいな。
「……と、まあこんな感じらしい」
俺は少し気恥ずかしいのを隠そうと、小さく咳払いをして言う。
「お帰りなさいませ、ご主人様……!
……こんな感じ、ですか?」
「うん……そんな感じ」
花野井さんのメイドスタイルは想像以上に破壊力があった。今は制服姿だけど、上目遣いでこう言われてたじろがない男はたぶんいない。
萌え声を出そうとはしていないっぽいけど、元々の声が可愛らしいのでその必要はないな。
毎日玄関で言ってもらえないかな?とか言いかけた。
「そういえば、猫村くんもシフト入ってますよね? 練習しておきましょう」
「俺も練習しないといけないか……」
執事モードに入りたいのでスーツ着たい……。
「お帰りなさいませ、お嬢様……?」
「……もう一度お願いできますか?」
「え?」
「私も頑張ったんですから」
ちょっと自信なさそうに言うと、花野井さんは頬を少し膨らませて言う。
流石にさっきのは悪かったな、もっと役になりきらないと。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「……合格、ですかね」
俺がやり直すと、花野井さんは微笑んでくれた。
「でも、本番上手くいくか……少し心配です」
「いや、上手だったから大丈夫だよ」
不安げな表情を見せる花野井さんを安心させよう、と思って声をかける。
「……猫村くん相手だからですよ」
花野井さんは顔を背けてから、小さくそう呟く。耳の先が赤くなっているのが、俺の視界に入ったような気がした。
「……え?」
「ひ、独り言です。……でも、猫村くんがこれを付けてくれるなら私も頑張ります」
そう言うと、花野井さんは俺に猫耳と猫しっぽを渡してくる。あれ……なんか、パワーアップしてないか?
「……どういうプレイ?」
俺がぼそっと呟くと、聞こえてたみたいだけど意味は分からないようで、ぽかんとした表情を花野井さんは見せる。
聞こえないように言ったつもりだったが。……余計なこと言ってしまったな。
「……はい、できました」
花野井さんは、椅子にすっと上って俺の頭に猫耳を装着する。俺もズボンにしっぽを引っ掛けた。
どこに需要があるのか分からないが、花野井さんは俺の写真を撮っていた。そういや昨日も撮ってたな。
「本番も、頑張りましょうね」
「うん。そういや、俺たちって、シフト被ってたっけ? 一回1時間だよね」
「はい。たしか、1日目は午前一緒でした。午後はふたりとも空いてます。2日目は、午前交代で入れ違う形になって、午後は1日目と同じく空いてます」
「覚えてなかったな……」
花野井さんは俺のまで完璧に把握しているみたいだった。あれ……俺、自分のも怪しいんだけど。
「もし、猫村くんが良ければ……午後、一緒に回りませんか?」
「お、うん。いいよ」
「……やった」
そう呟いて、ぐっと両手を握りしめる花野井さんを見ていると、俺も文化祭が始まるのが待ち遠しくなった。
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