第30話 文化祭2日目③
「ごめん、お待たせ」
仕事を終えた俺は、慌てて花野井さんの元へと駆け寄る。
「全然待っていないので、大丈夫ですよ」
花野井さんは、優しく微笑んでそう言う。今さらだけど……天使?
正直この言葉は、俺が爽やかに言う側でありたかったけれど。
「お疲れ様でした。接客、前の練習のときよりも上手くなってましたよ」
「ありがとう」
これは来年以降またメイド喫茶やる時に生かせそうだ。
花野井さんと話しながら、俺は額の汗を拭う。
「あの……ちょっとしゃがんでもらえますか?」
「う、うん。分かった」
なんのためにしゃがむのかは分からないまま、言われた通りに俺はしゃがむ。なにかしらのお誘いだったりするのか、と少しだけ期待してみる。
ぴと、とキンキンに冷えたペットボトルを首に当てられて、俺はびっくりしてつんのめりかける。
「うおっ!?」
「……前、猫村くんにされたので。仕返しです」
いたずらそうに目を細めて微笑んで、俺に、ペットボトルを渡してくる。
中身は、疲れた俺が欲しているビタミンCが入った爽やかな炭酸ジュースだった。
「ありがと」
「はい。あと……唐揚げも買っておきましたので、どうぞ」
花野井さんは唐揚げが落ちるぎりぎりぐらいまで積み上げられた紙コップも渡してくれる。
「いいの?」
「はい。これからは私が行きたいところに、付いてきてもらう予定ですから」
花野井さんはそう言って、さらに続ける。
「……猫村くんの今日の残りの時間は、私が全部もらってもいいですか?」
「もちろん」
そう返す以外に、俺は言うべき言葉を知らない。最初の言葉で既に可愛らしすぎたのに、オーバーキルすぎる。
俺は腰を下ろして、喉越しの良いジュースを飲み干し、唐揚げを食べ終える。
そして、さっそく行こうとばかりにすくっと立ち上がる。
「食休みは……大丈夫ですか?」
「うん。色々行きたいところがあるなら、早い方がいいかなと」
「無理しなくてもいいですからね」
花野井さんは心配そうに俺の瞳を見つめる。
「いや、無理はしてないよ。じゃあ、さっそく行こう?」
「……はい!」
花野井さんは元気良く頷いてみせて、俺たちは歩き出した。
「昨日も行きましたが、縁日に行きたいです」
「いいね。花野井さんが行きたいとこは、どこでも行こう」
花野井さんに連れられて、俺は縁日にやってきた。
昨日は射的をしたけど、スーパーボールすくいとかお面があったりと、実際の縁日さながらって感じだ。
「あれ、欲しいです」
花野井さんは、射的の景品にもふもふな猫のぬいぐるみが追加されているのを見て言う。
「挑戦してみる」
昨日の射的は本調子ではなかったが……今日は違うはず。花野井さんの願いとあれば、なんとしても叶えたい。
「どうかな?」
「もう少し左……ですかね」
花野井さんは俺のすぐ隣で、ゴム鉄砲と的までの距離感を測りながら言う。甘い匂いが鼻に届いて集中できな……いや、集中しないと。
輪ゴムは真っ直ぐ飛んでいって、的に当たる音がした。
「ありがとうございます……枕元に飾ります」
花野井さんはぎゅっとぬいぐるみを抱きしめて、幸せそうに頬を緩ませて言う。俺も、同じの欲しくなってきたな……。
幸せそうな花野井さんと一緒に、校内の展示を見て回っていると、写真部の展示に出会った。
「猫です、可愛いですね」
「ほんとだ」
野良猫が凛々しく佇んでいる写真もあれば、動物園で撮ったと思われるツシマヤマネコの写真もあった。誰が撮ったのかは知らないが、撮った人とは友達になれそう。
そして、最後にふたり分のドーナツを買って、1年目の俺たちの文化祭は終わった。
「文化祭はたった2日でしたけど、準備の時から楽しかったです」
「そうだね。前よりももっと花野井さんと仲良くなれた気がする」
俺たちはそう話しながら、橙色に染まりゆく空の下、並んで帰る。
「文化祭は終わったけど、一緒に行きたいところがあるんだ」
あと少しで家に着く、というところの交差点で、俺は足を止める。
「分かりました。……今日は私のわがままばかりでしたよね」
反省している様子で花野井さんは言っている。え、俺もほんとに楽しめたから謝る必要なんてないんだけど。
「楽しかったから、これからも振り回してもらっていいよ」
「分かりました……!」
俺が誤解を解こうとして言うと、花野井さんはぱっと明るい表情になる。
ちょっと歩いて、俺たちは目的地にたどり着いた。
「……一緒に猫見たいな、と思って」
……写真だけでは満足できませんでした。帰ってきなこをもふるのは当然のこととして、ペットショップの猫にデレる花野井さんが見たかった。
「寄り道も、文化祭の思い出ですね」
そう言って、じゃれ合う子猫たちを愛おしそうに眺める花野井さんの横顔を、俺は見つめる。
これからの、いつも通りの日常も、もっと楽しくなっていくんだろうなという予感がした。
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