第22話 猫耳メイド

 「じゃあね、また明日」

 「はい。……今日も、ありがとうございました」


 花野井さんと少しだけの時間、並んで歩いて帰ってきた。花野井さんの背中を見送ると、さっき頭を撫でた感覚が残る手を見つめる。

 もう少し遠くに学校が移転してほしい。もちろん歩けるぐらいの距離で。


 「ただいまー。遅くなってごめん、きなこ」


 空っぽになっている餌の皿の前で佇んでいるきなこに俺は謝る。俺の姿を認めると、きなこは大きなあくびをする。


 たぶん、俺が鍵を開けるまで寝ていたんだろう。まあ、そうだとしても、帰りが遅くなってしまったのは申し訳ないので、お詫びにちゅーるを差し出す。


 今回は許してやろう、という寛大な態度でちゅーるを舐め始めてくれた。


 俺も夕食を食べるとしよう。


 きなこが食べ終えたのを確認してから、立ち上がって支度を始めると、いきなり花野井さんからメッセージが来た。


 「なんだろ」


 アプリを開くと、そこには椅子で丸まってすやすや寝ているクロの画像があった。脚がピンと伸びていて、エビフライみたいだ。


 頬が緩むのを感じながら、スタンプを送って、台所に向かった。




 



 「今日も準備、やろうか?」

 「はい、わかりました」


 皆がさっさと下校するか部活に向かうなか、俺たちふたりは昨日と同じように教室に残る。


 スケジュール的にはまだまだ余裕があるが、早めに終わらせておいて損はないな。


 「ちょっと直したいところがあるので、家庭科室に行ってきます」


 花野井さんは、完成間近な服をバッグから取り出して言う。

 

 「わかった、行ってらっしゃい」


 また1人の時間ができてしまった。


 俺はなにをしようか。フォトスポットも、一応クラスの女子にアドバイスはもらって多少修整したし、飾りもいくつかもう出来たんだよな。

  

 猫耳でも作って待つとするか。

 花野井さんが使えそうな材料を持ってきてくれたので、俺はとりあえず作り方を調べる。



 「……できた」


 ネットを参考にして実際に作ってみると、案外簡単に作ることができた。

 なんだか、小学生の頃の図工の時間を思い出して懐かしい。


 もっとリアルな猫耳作ってみるか……花野井さんなら、喜んでくれるかもしれない。

 そう思っていると、突然教室のドアが開いた。


 「あの……どうですか?」

 「おっ……え?」


 花野井さんは、完成したメイド服を身に着けて教室に入ってきた。俺は顔を上げて、つい二度見してしまう。


 黒のワンピースに、白のフリルが付いていて、どこからどう見ても可愛い。

 慣れていない様子で、もじもじしているのも新人メイドみたいで良い。銀色のお盆を持たせたい。

 こう見ると、小柄な身長のわりに胸の主張は割とあるような……なんでもないです、忘れて。

 

 廊下の方をきょろきょろ見渡しているから、誰かに見られてないか心配しているのだろうか。


 「凄く……可愛いと思う。衣装も凝ってるね」

 「ほんとですか?」


 花野井さんはじりじりと詰め寄ってきて、もう一度確認してくる。


 「う、うん」


 そんなに近寄られると俺の心臓が持たない。けど、なんとか俺は動揺した様子は見せずにうなずいた。たぶん。


 「……そう褒めてもらえて嬉しいです。最初は、猫村くんに見せる予定でしたから」

 「それって……どういう?」


 付け加えられた言葉を聞いて、つい俺は余計なことを口走る。


 「……そのままの意味です」


 花野井さんは、自分でも攻め込み過ぎたと思ったのか、顔を背けて小声で言う。


 最近、花野井さんの攻め込みが激しくなってきている。……最初に俺ときなこが出会ったときの、きなこみたいな距離の詰め方だ。


 お互い気恥ずかしくなって、しばらく沈黙の時間が続いた。

 が、たまには俺が攻め込んでみるのもありなのか?と思って一旦やってみようと決意する。

 

 「猫耳作ってみたから、一回付けてみてもらえる?」

 「わかりました。……これ、可愛いです」


 俺の作った猫耳カチューシャをしげしげと眺めて花野井さんは言う。俺の作業した10分だか20分の時間が報われた。


 「ど、どうですか?」


 花野井さんは、付け終えてから俺の方を振り向いて言う。


 ああ、天使が舞い降りたんだ……と思った。

 と同時に、他の人には見せたくない、という感情が湧いてくる。付き合ってもないのに、それはおかしいな。


 「ほんとに似合ってる。子猫みたいで、可愛らしい」


 小柄な身長、困ったように軽く折れている猫耳、吸い込まれそうな大きな瞳と、子猫要素は挙げればきりがない。それにメイド要素。撫でたくならないはずがない。

 気がついたら、俺は手を伸ばしていた。


 「ひゃぅっ!?」


 俺が猫耳に触れてみると、びくっと体を震わせてまるでもともと体の一部であるような反応を見せる。


 「猫村くんがその気なら……これからは、私もいたずら好きな子猫になります」


 謎の宣言をして、花野井さんは恥ずかしさからかどこかに行ってしまった。


 「……可愛すぎるだろ」


 俺は、花野井さんが走り去った方向を見て、つい呟いた。


 

 




 


 

 





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