第21話 放課後、ふたりで

 「今日の準備は……なにしますか?」


 俺たちふたりの他には誰もいない放課後の教室。

 花野井さんと俺は、向き合って座って話し合う。グラウンドの部活生の喧騒が、いいBGMだ。


 「喫茶だから……食べ物はもちろん、あと衣装と飾り付けの準備とかかな」


 俺は文化祭の喫茶を頭の中でイメージして言う。食べ物は……なにを出そう。メイド喫茶ならオムライスだろうか。


 「そうですね。今日のところは、飾り付けの準備をしますか?」

 「そうだね。衣装もどこで買うかだけ決めておこうか」


 いいところが思いつかない。安いのを置いているとこは知っているけど。

 ただ、安いのに多くを求めるのは酷だけど、コスプレしてみた感が出てしまうんだよな。


 「……私が作ってみましょうか?」

 「え?」


 花野井さんが言った言葉の意味が脳にきちんと伝わるまでしばらく時間がかかった。


 「そんな簡単にできるものなの?」

 「メイド服、は作ったことはないですけど……一回チャレンジしてみます」


 花野井さんは、「……頑張ります」と小声で付け加える。


 「ありがとう、助かる」


 そう俺が言うと、花野井さんは頬を赤らめてこくこくと無言で頷く。


 「あ、男子には執事風のスーツを着てもらう予定だから、たくさん作る必要はないよ。それに、シフト制にするだろうし」

 「わかりました」


 俺は大事なことを伝え忘れていたので、急いで付け加える。花野井さんにばかり頑張ってもらうわけにはいかない。


 さて、俺は装飾を作ろうかな。今日は午前授業だったし、やろうと思えばいつまでも作業ができる。

 あれ、これ俺たちふたりでだいぶ準備進んでしまうのでは?




 俺たちはそれぞれ、材料を探しに行った。俺は学校にあるダンボールを探し出し、花野井さんは予算で布とかを買いに行ってきたようだ。


 メモ用にルーズリーフを1枚引っ張り出して、「文化祭 メイド喫茶」の画像をググりつつ色々書き込んでいく。


 装飾は、風船膨らませて、絵が上手い人に黒板アートを描いてもらったりって感じかな。

 あとは、ダンボールとか使って今風なフォトスポットでも作ってみるか。


 猫耳メイドが接客してくれる、というコンセプトに合った装飾というのを考えながらメモしていく。 

 って、俺たちも猫耳付けて接客しなきゃいけないのか。俺はいいんだけど。



 風船は前日準備のときにでも膨らませて、ペンで猫の顔を描き込むとしよう。ならば俺がやるべきは、フォトスポット作りだ。


 洋館風なフレームを理想として俺は作業を進める。

 あとで花野井さんにもアドバイスをもらおう。




 「少し、休憩する?」

 「そうですね」


 花野井さんは手を止めて、頷く。さっきぱっと買いに行ってきたジュースを手渡した。キンキンに冷えていて、これなら多少疲れも取れるはず。

  

 「……疲れ、取れました」

 「それなら良かった」


 期待通りの言葉を聞いて、俺は花野井さんに微笑みかける。


 「これ、いい感じですね」

 「花野井さんの方も、いい感じだよね」


 俺たちはお互いの進捗状況を見て、褒め合いながら作業に戻った。


 フォトスポットもある程度イメージ通りになってきて、シャンデリアの形の飾りを作る作業に移る。


 「ミシンを使いたいので、家庭科室に行ってきます」

 「おー、行ってらっしゃい」


 花野井さんは、普段通り控えめに手を振って行ってしまった。……1人で作業は、ちょっと寂しいな。




 「戻りました」

 「お疲れ様ー」

 

 思ったよりもお互い作業に没頭していたみたいで、気がついたら西の空はオレンジ色に変わっていた。


 「え、もしかして……俺たち、5時間ぐらい作業してた?」

 「みたいですね」

 「まじか」


 時計を見てもう夕方なのに気づくと、途端に腰や肩が凝ったように感じられた。


 「え」


 俺は、花野井さんが畳んで持っている服を見て驚く。さっきまでは、ただの布だったのに。


 「……頑張りました」

 「ありがとう、本当に助かるよ」


 達成感に満ち溢れた表情の花野井さんに、俺は感謝の意を伝える。ありがとうって言葉だけじゃ足りないくらいだ。


 「……」


 花野井さんは、無言で俺に近寄ってくる。透き通った瞳に吸い込まれそうだ。


 「どうしたの」

 「その……頑張ったので、褒めてほしいです」


 花野井さんは、くるくると髪の毛をいじりながらぼそっと言う。可愛らしい。


 「……ほんとにありがとう。流石だね」


 花野井さんの可愛さに動揺して、ありふれた褒め言葉しか出てこない。

 なんで俺のボキャブラリーはこれだけしかないんだ。


 「もっと、褒めてください」


 そう言われて、こうでいいのか……?と思いつつ俺は軽く頭を撫でる。


 花野井さんは、ゆでダコみたいに赤くなって黙ってしまった。

 うわあああああ、イキってしまった。ただしイケメンに限るムーブかましたよ……。


 「……明日からも頑張ります。じゃあ、一緒に帰りましょう」


 それだけ言うと、照れ隠しなのか花野井さんはすたすた歩き始める。


 「……そうだね」


 俺も、つい照れ隠しで返しが小声になってしまった。








 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る