第20話 女子会と企画決定
「もしもし」
「あ、紬。どうしたの?」
「……少し相談したいことが」
私、花野井紬は電話の向こうの氷室さんにそう言いながら、膝の上に座ってきたクロを撫でる。最近は、考え事をしているときとかに、自ら座りにきてくれるようになった。
「急に電話がかかってきたから、少しびっくりしちゃった」
氷室さんは、くすっと笑いながら言う。
「友達と放課後に電話、してみたかったんです」
電話の向こうの氷室さんには見えないけど、私も微笑みながら言う。
高校に入ってから、猫村くんと氷室さんという友達ができて、毎日が楽しい。
「ほんと、紬は可愛らしいよね」
「あ、ありがとうございます。……今後の参考にします」
「今後の参考って?」
不思議そうに、氷室さんは聞き返してくる。
「……い、いえ。なんでもないです」
「可愛らしい」って、言ってもらいたい人はもうひとりいる。けど、電話をかけるのはなんだか勇気がいる。インターホンを押す方が、楽に感じるくらいだ。
「で、相談って、どうしたの?」
「文化祭のことです」
「……」
しばらくなにも返事がないので、誤って電話を切ってしまったのではないかと思って確認する。まだ通話中だった。
「メイド服とか言ってたよね。ほんと、男子ってそういうことしか考えてないのかしら……呆れる」
氷室さんは、いつもより低い声で言う。
「……そうなんですか?」
正直、話し合いの進行と記録でいっぱいだったので、細かい発言は聞いていなかった。
「え?」
「あと、男の子は……そういうの、着てほしいって思ってるというのも」
「え……まあ、そうなんじゃないかしら」
氷室さんは、よくわからない、という感じで言う。
そういうものなんだ。……猫村くんも、そうなんだろうか。
「紬がそういうこと聞いてくるなんて、珍しい」
「そ、そんなことないですよ。私は、いつも通りです」
氷室さんは少し間を置いて言って、私は慌ててはぐらかす。
「……もしかして、好きな人でもいたりするの?」
「ひゃっ!?」
豪速球が投げ込まれて、私はスマホを落としてしまった。ベッドの上で電話してて良かった。
「……もっと、仲良くしたいと思っている男の子はいます」
私は、正直な気持ちを打ち明ける。
「そうなんだ。……紬にそう思わせるようなまともな男子も、いることにはいるみたいね」
氷室さんは、少し安心したような声音で言う。
「そういえば、紬は相談があるんだったよね? ごめんなさい、遮っちゃって」
「あ……。喫茶と縁日、両方とも魅力的で悩んでました」
私も、たったいま相談があって電話をかけたんだ、ということを思い出した。
「そういうことね。どちらになっても、紬なら楽しめると思う」
「そうですね……! 長話に付き合ってくださり、ありがとうございます」
私は電話中なのに、ぺこっと頭を下げる。ちょっとしてから、氷室さんには見えていないことを思い出した。
「気にしないで。……私も、その……紬の声が聞きたくなるときはあるから」
「氷室さんも、可愛らしいです」
「なっ!? ……からかわないでよ」
私たちは、電話を切る流れになった後も、話し足りないような気がしてしばらく話し続けた。
クロは、いつの間にか膝の上で幸せそうに眠っていた。
◆◇◆◇◆
翌日。
再び、文化祭についての話し合いの時間が設けられた。
昨日と同じように、また同じ票数だと埒が明かないので、花野井さんに一票入れてもらうことにした。
「……あれ、なんでだろ」
昨日は決選投票しても同じ票数だったはずなのに、なぜか花野井さんが手を挙げた分よりも喫茶の方が一票多い。計算ミス、ではないはず。
まあ、決まったんだしいいか。
クラスの反応も、おおむね好印象そうだし大丈夫だろう。
「次は、コンセプトについて話し合いたいと思います。男子の方で、メイド服とか意見が出てましたが、他にも意見が欲しいです」
メイド喫茶は、文化祭の企画としては定番のイメージだ。他のクラスとコンセプトが被ってしまうのも、あまり良くないだろう。
メイド喫茶になにか要素を足すというのもいいが。
と言っても、そんなにすぐ良いコンセプトが出てくるはずもなく、少し気長に待つことにした。
「猫耳を付けてメイド喫茶をする、というのはどうでしょうか」
「……えっ」
思いがけない方向から意見が飛んできて、俺は驚く。
爆弾級のインパクトがあると分かっているのかいないのか、俺にだけ聞こえるぐらいの囁き声で花野井さんは言う。心臓が跳ねたような気がした。
「……猫村くんが見てみたいって言ってくれたら、提案してみます」
花野井さんは、相変わらず耳元で言う。なんだかむずむずするな。
「正直に言うと……見てみたい」
あけすけな言い方な気もするけど、可愛いに決まっている。猫好きが猫耳を見たくないはずがない。
猫好きは最低でもケモミミストである(俺調べ)
そんなことを考えているうちに、花野井さんはもう提案していたので、急いで黒板に書き始めた。
そして、花野井さん提案の猫耳メイド喫茶は、かなり高評価で、俺たちのクラス企画はそれに決まった。
「準備から、楽しみです」
「今日の放課後からやる?」
「いいですね」
なにがあったのか、花野井さんは嬉しそうな表情だ。俺も、一緒に放課後残れるというのは楽しみだ。
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