第15話 お昼寝
「きなこ、ちゅーる食う? 2本食べてもいいぞ」
夏休みの終わりがじわじわと近づいてくるなか、花野井さんがうちにやってくるということで朝から少しテンションが高い。
花野井さんは帰省してたみたいで、ここのところあまり会うどころか、見かけてなかったのもあって、だ。
ちなみに俺はというと、お盆は家できなことゴロゴロしていた。
透き通る青い海を見ながら、美味しそうなトロピカルジュースを飲んでいる写真が親から送られてきたときはちょっと悲しかったなあ……。
タックスヘイブンにいるの?って送っちゃったよ。
そんなことを思い出しながら、きなこに乗られてゴロゴロを継続していると、
「もうすぐ行きます」と送られてきた。
メッセージが来ただけでもワクワクするのに、もう家に来てくれる、ということでテンションは最高潮だ。
「こんにちは。……今日は頑張ります」
「まあ、気楽に進めよう」
花野井さんの表情がなんだか固いような気がして、俺は笑いかけながら言う。こないだのこと、気にしてるのかな。全然気にすることでもないのに。
「もうお昼ごはんは食べましたか?」
「ううん、まだだけど」
まだ11時になったばかりだし、昼ごはんを食べるには少し早いような気がする。
「あの、もしよかったら……これ、どうぞ」
花野井さんはパックに焼きうどんを詰めたものを渡してくる。
「……たくさん作ってしまったので」
「いいの? ありがとう」
さっそくお昼ごはんとして食べさせてもらうことにした。昼ごはんにはまだ早いって? そんなコトないと思うな。
焼きうどんは、俺の好みを完璧に抑えた味付けだった。肉と野菜がたっぷり入っていて、食べごたえがあった。
「猫村くんは宿題終わりましたか?」
「うん。お盆前に終わらせた」
「う……頑張ります」
花野井さんは苦々しそうに言う。花野井さんが頑張って宿題やるなら、俺も勉強しようかな。
俺は時々、膝の上に飛び乗ってきて、構ってちゃんしてくるきなことクロの相手をしながら勉強を続けた。
「やっと宿題終わりました……」
「おー、おめでとう。今日はもう俺もここらで勉強は切り上げようかな。あとこのページのとこまで」
「頑張って……くだ……さい」
花野井さんはバッテリーが切れたみたいで、へなへなとソファに座る。
最後の問題を解き終えて顔を上げると、花野井さんはすんすん鼻を鳴らして猫吸いをしていた。
「お疲れ様、花野井さん」
「あ……はい。お、お疲れ様です」
流石に猫吸い(無自覚)を見られるのはやはり恥ずかしいらしい。
「ごめん。俺のことは気にせず、ゆっくり休んで?」
「わ、分かりました」
俺はそう言うと、お茶でも飲もうか、と思って台所に向かう。花野井さんにも持って行こう。あ、猫2匹の水も換えておこうかな。
「花野井さん、お茶飲む……?」
「すう……」
花野井さんはクロにお腹の上を制圧されて、すやすや眠っていた。眠るの速すぎて、それはもはや気絶なのでは、と心配になるほどだ。
友達、であると確かめあったものの、付き合ってもない男の家で寝るべきではないと思うんだけどな。ゆっくり休んで、とは言ったが。
……花野井さんには、もっと自分の可愛さを自覚してもらいたい。
「……むぅ」
なにか口を開いた、と思って聞き取ろうと俺は耳を近づける。
「……勉強、頑張ったので」
花野井さんは柔らかい寝顔のまま、寝言を言う。
「その……ご褒美とか、ないですか?」
これ、絶対本人は言ってる意識ないやつじゃないか。通常verの花野井さんはこんなこと言わない。
「え?」
つい聞き返してしまっていた。花野井さんは夢の世界にいるのに。
「そうですね……あ、こないだブラッシングされてたきなこちゃんが、羨ましかったんです」
あれ、やっぱりそういうことだったんだ。
俺の手でいいのか……?と思いつつ軽く花野井さんの頭を撫でる。
そうすると、もともと柔らかい表情だったのが、頬まで緩んできた。
「えへ、夢みたい」
「いや、夢なんだけどね」
ついつい小声でツッコミを入れてしまった。
俺はしばらくして、大丈夫なのか心配になってきて頭を冷やそうと床に正座する。俺が夢を見ているのかも。
「ん……えっ」
花野井さんは目を開けた瞬間、床にちょこんと座っている俺の姿が見えたようで驚いている。
「ご、ごめんなさい、つい……」
「い、いや。疲れが溜まってただけだろうし。大丈夫だよ」
正気に戻った花野井さんに勢いよく謝られて、俺は対応の仕方が分からなくなってあたふたする。
「大丈夫ですか、猫村くん? なんだか顔、赤いですよ?」
花野井さんは不思議がりながら俺の額めがけて手を伸ばしてくる。
「熱はないから、安心して」
今のでさらに顔が赤くなったような気がする。
今日は、花野井さんは寝ぼけ?モードになると豹変してしまうことが分かった。普段クールな印象もあるだけに、ギャップが凄い。
……もっと可愛さを自覚してくれ、と切実に願った。
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