第14話 勉強会

 「今日、なにしますか?」


 朝起きて、ぼーっとスマホを眺めていると、花野井さんからのメッセージに気付いた。


 「宿題進めようかな。ひとりだと進めそうにないし」


 俺は飛び起きて返信を送る。


 「猫村くんの言う通りですね」


 そのメッセージに添えて、クロが顔を洗う写真が送られてきた。まったく、朝から可愛いなあ。

 今日は雨が降りそうだし、勉強会をするのがやはり正解だな。


 

 「今日もよろしくお願いします」

 「うん。どうぞー」

 

 丁寧な挨拶を終えるまでは玄関をまたがないあたり、花野井さんらしいなあと改めて感心する。

 クロは、キャリーケースが開け放たれるとダッシュでリビングに向かう。窮屈だったのか。


 「分からないところがあったら、お互い教え合いましょう」

 「そうだね。あんまり教えるのは上手じゃないけど、頑張る」


 俺たちふたりは意気込んでリビングのテーブルに向かった……のだが。



 「ふふっ……クロ、ちょっとだけ待っててくれる?」


 クロは、花野井さんが勉強中であることはお構いなしに、膝に飛び乗る。

 そして、飼い主があまり構ってくれなかったことが不満だったのか、花野井さんがペンを握っている右手に顔をすりすりする。自由すぎる。


 うちのきなこはハンモックで丸くなっている。


 「もう……ちょっとだけだよ?」


 絶対俺がいること忘れかけてるよな。この感じ、前にもあったぞ。

 ただ、俺にとっては目と耳の癒しとなっていつもより勉強が捗った。



 「……花野井さん?」


 俺は勉強を始めるときに設定したノルマの30分を迎え、一旦手を止める。


 「あ……その……これは」


 花野井さんはクロに顔を埋めるのをやめて、顔をこちらに向ける。

 後半はずっとこんな感じだったから、言い逃れはできないよ?


 みるみるうちに花野井さんの頬が赤くなっていく。


 「クロが可愛すぎて」

 「分かる」


 言い訳はできないと悟ったのか、花野井さんは正直に答える。激しく同意。


 「さっきは集中してなかったので、今からは頑張ります」

 「うん。夏休み後半楽にしよう」


 花野井さんはクロを下ろして、ペンを握りしめる。クロはさっき目を覚ましたきなこと遊び始めた。ほんとに自由だ。


 「すみません。ここ、教えてもらえますか?」

 「おっけ。任せて」


 1年1学期のテスト結果が良かったので、少し調子に乗っている。

 

 「ここはsinとcosの関係の公式を使って。あ、これが使えるのはこういうわけで」


 俺は図をさくっと描いて説明する。


 「はい」

 「で、整理したらこうなる」

 「……分かりました。猫村くんは教えるのが上手いですね」 

 「あはは、そんなでもないよ」


 俺が上手いんじゃなくて、花野井さんが頷きながら聞いてくれるからやる気が出るというか。


 「もうこんな時間か、そろそろお昼にする?」

 

 そう言って立とうとすると、花野井さんは俺の袖をちょいちょいっと引く。


 「あの……お弁当、作ってきました」

 「え、ありがとう」


 お弁当をさっそく開けると野菜炒めと卵焼き、唐揚げが見えた。これは男子高校生が喜ぶセット。


 「……美味しい」

 「そう褒めてもらえると、頑張れます」


 毎日食べたいくらいだ、と思う。そうなると花野井さんの負担が大きくなってしまうが。


 「午後、頑張れそう」


 その言葉通り、花野井さんのお弁当パワーで午後も頑張れた。

 楽しい勉強会だった。とはいえ、もっと宿題があればいいのに、ってことにはならない。一緒にペットショップとか行きたい。


 ……ペットショップになら誘える。


 

 「お邪魔しました。また今日も猫村くんに助けてもらって……」

 「困ったときはお互い様、だよ?」


 俺はそう唱えると、もう一度お礼を言う花野井さんを見送る。

 ドアを開けた瞬間、ザーザーと雨が降り注いでいるのが分かった。夕立か。


 俺は玄関の傘立てから傘をさっと取り、歩き出そうとする花野井さんの前で傘を開く。


 「傘、入っていいよ?」

 「いえ、目と鼻の先ですし」

 「これからコンビニに買い物に行くから、気にしなくていいよ」


 ま、嘘だけど。


 「なら……お言葉に甘えて」


 花野井さんは俺が傘を持つ手を支えるように、小さな柔らかい手を重ねてくる。

 その手から、花野井さんの確かな温もりが感じられて、もう少しだけ歩けたらいいのにと思ってしまった。


 


 




 


 

 

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