第13話 昼間の天使


 「そろそろお昼にするけど、なにか食べたいものとかある?」

 「わ、私も手伝います」


 花野井さんはそう言ってくれて、俺たちは並んで台所に立つ。


 「冷やし中華作ろうと思ってるから、棚に入ってる袋取ってもらえる? それだけで大丈夫だよ、すぐ作るから」

 「……分かりました」


 少し不満げな表情を見せて言う。 そんなに手伝いたかったのか……。なにかしら任せようかな。

 ……いや、遊びに来てる友達にそこまでしてもらうわけにはいかないか。うーん。


 「……じゃあ、冷蔵庫から食材取ってもらえると助かるかな」

 「きゅうりと、卵と……トマトとかですか? どうぞ」

 「ありがとう。めっちゃ助かる」


 俺がサムズアップすると、花野井さんはやっと満足気な顔になった。


 「ちょっと待ってて、きなこ。今日はご馳走が待ってるから」


 俺が調理中なのは気にも留めず、きなこはいつも通り、俺のズボンに爪を立てて早くご飯を出せ、と要求してくる。


 普通のカリカリでもなく、ちゅーるでもないから楽しみに待っててくれ。

 

 「おし、こっちは完成かな」


 今日のお昼ごはんは、たぶん猫2匹の食事を準備する時間を考慮して冷めたりしないものにした。とか言って、手軽に作れるというのも大きな理由の1つなんだけど。


 

 俺は冷蔵庫からまぐろの切り身を取り出す。人間にとってもまぐろはご馳走だ。

 俺なんて、ほぼ半年前の合格祝いで家族で回転寿司に行ったときが最後だ。俺も食べたい。

 

 「……私があげてもみてもいいですか?」


 花野井さんは興味深そうにまぐろの切り身を見て言う。


 「うん。クロにも食べてもらってー」

  

 そう声をかけると、花野井さんはとことこ歩いていって2匹を集める。


 「ふふっ……くすぐったい」


 まぐろを確認するやいなや、磁石に吸い寄せられるかのようにきなこたちが近寄ってきて、花野井さんの手のひらの上のまぐろにがっついている。


 ……正直なところ、本日のきなこの昼ごはんポイントを獲得できないのはちょっとだけ残念ではある。

 猫教信者にとっては毎食お供えすることが必要不可欠なのだ。


 花野井さんが可愛らしすぎて、俺の意識はどこか遠くへ行っていたみたいだ。

 

 「ちょっと待ってね、あ、待ってってば」


 花野井さんは自由な猫2匹にせがまれていて、少し困ったような、でも嬉しそうな表情を見せる。




 今度は、俺たちふたりが昼ごはんを頂く時間だ。


 「本当に美味しいです。猫村くんって、料理お上手だったんですね」

 「あんまり料理しそうなイメージなかった?」


 俺がニヤッと笑いながら言うと、花野井さんは首を振る。


 「いえ、そういうわけではないんですけど……猫村くんも、1人暮らしなんですか?」

 「うん、そうだよ。もしかして、花野井さんも……?」

 「はい、私もです」


 そう聞いたとき、なにか複雑な事情があるんだろうか、と思ったが、そこまで深刻そうな表情ではなかった。


 俺がよほど心配そうな顔をしていたのか、慌てて続ける。


 「今の高校に通いたくて、田舎の方から出てきたんです」

 「なるほど。まあ有名校の部類に入るみたいだし、人気あるよね」

 「最初は、友達ができるか不安でしたけど……今はまったく不安もないです」

 「なら、良かった」

 

 花野井さんは微笑んで言ってくれたので、俺もそれに応えて笑顔で返す。照れてしまって、返した言葉は短すぎたような気がするが。


 「「ごちそうさまでした」」


 我ながら美味かった。花野井さんにも褒めてもらえたことだし、これからも自炊頑張るか。


 「食器、洗いますよ」

 「いやいや、遊びに来てくれてるのにそんなに手伝うのは」 

 「大丈夫です。友達ですし、これくらい当たり前です」


 もう袖をまくっていて、いつでも洗い始められるという感じの花野井さんを見て、俺は隣で食器を拭くことにした。

 最近思うだけど、俺が思っている「友達」以上に、花野井さんの「友達」は深い意味があるような。


 「ほんとにありがとう。いつもの3倍早く片付けが終わった」

 「猫村くんの力になれたなら、良かったです」


 俺たちは一仕事終え、リビングでくつろぐ。


 「……私、今まで猫村くんに助けてもらってばっかりでした。その分、これからは猫村くんのことを助けます」


 何を言い出すのか、と思ったら、嬉しいことを言ってくれた。


 「そう言ってもらえて嬉しい。まあ、困った時はお互い様だから、助け合って頑張ろう」

 「はい。料理は得意な方なので、大変な時はいつでも呼んでください」


 そう言って、カーテンから溢れ出る太陽の光を背景に微笑む花野井さんを見ていると、俺の家に天使が舞い降りたかのように感じた。


 

 




 


 






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