第12話 友達としてはじめての

 キャットタワーが完成した次の日から、花野井さんは俺の家にやって来た。

 インターホンが鳴り、俺は駆け足で玄関へと向かう。


 「お、お邪魔します……」

 「ど、どうぞ。……上がっていいよ?」


 花野井さんが初めて俺の家にやってきた時ぐらい、どちらもおどおどしている。

 なかなか玄関より先に行こうとしない花野井さんに声をかけた。


 女子が、それも花野井さんみたいな可愛い女子の友達が正式に家に遊びに来るなんてこと、今までになかったからどうしたらいいかわからない。


 今まで来てたのはクロについての相談、ってことだったからなあ。友達、ではあったと思うけど。


 「まあ、クロと一緒にゆっくりしていって」

 「分かりました」


 俺が言うと、花野井さんは魔法が解けたかのように動き出した。

 クロはというと、キャリーケースから出るとすぐに走ってリビングに向かっていた。ほんと、猫は気ままだな、と思う。


 

 「なにしようか」

 「そうですね……」


 俺たちは猫じゃらしを振って、それぞれきなことクロの相手をしながら話す。

 昨日のお姫様抱っことか、「もっと遊びに来てもいいですか?」ってお願いをお互いに意識してしまって、今までどんな風に過ごしていたか分からなくなってきた。


 きなことクロは、お互いの距離がはかれていない俺たちと違って、楽しそうに遊び回っている。


 俺たちが猫じゃらしを振る手を止めると、追いかけっこをしながらキャットタワーをすいすい登っていった。すっかり慣れてくれたみたいで良かった。


 きなこは、一番上の段に上がって満足気な表情を見せる。

 俺はずっときなこたちを視線で追いかけていたことに気付いて、花野井さんの方に向き直る。……このとき、背中を見せるべきではなかった。


 「ゔぇっ」


 きなこが、キャットタワーからジャンプして、俺の背中を思い切り踏んで床に降りる。


 ……猫って、もしかして人間のことをいい感じの踏み台としてか思ってない? 

 寝るときは胃が潰れそうになるし、今ので肋骨折れたかもしれないし。流石に骨折はないが。


 それにしても変な声出たな……なんだよ、「ゔぇっ」って。


 「……ふふっ」


 笑いを堪えきれなくなったのか、花野井さんはクスッと笑みをこぼす。袖で口元をちょっと隠して笑うのが、おしとやかで可愛らしく思える。


 「……結構痛かったんだよ?」


 俺は花野井さんに苦笑いしてみせる。


 「すみません……ちょっと、猫村くんが面白くて……ふふっ」


 それでも、花野井さんはまだ笑い続けている。さっきまでは表情が固い気がしたけど、今はそんなこともなく、柔らかな笑顔を見せてくれる。


 「たしかに、自分でも変な声出たなーって思ってた」


 不思議と、花野井さんと話していたら痛みは引いてきた。それに、なんだか緊張していた空気が柔らかくなってきたような感じがする。


 これはきなこのおかげだな、と踏んづけられたことは置いといて感謝した。

 

 「……ん、どうした」


 俺たちのふわふわした空気を鼻かなにかで感じたのか、きなこは俺の膝に顎をすりすりして、ゴロゴロ喉を鳴らす。


 「ちょっと待ってて」


 俺はゆっくりと立ち上がると、棚からブラッシング用のブラシを取ってきて、きなこをブラッシングする。


 「気持ちよさそうですね……羨ましい」


 最後の方はかなり小声で言う。言ってもらえたら、ブラシとかすぐに貸すけど?


 「花野井さんもやってみる?」


 と言いながらブラシを手渡す。

 クロはいつの間にかハンモックで熟睡していた。

 飼い主さんと違って、この家に慣れるの早いな。もともと住人だったのかってレベル。


 「あ、いえ……。なんでもないです、やりたいです」


 なぜか返事がおぼつかない感じだったけど、花野井さんはブラシを手にすると恐る恐るきなこに近づける。


 「普通に撫でるのと同じように、優しく触るように当てたら喜んでくれるよ」

 「分かりました。では、やってみます」


 ブラッシングを始めると、きなこはさっきより花野井さんに近づいて、もっとやってくれ、と言っているかのようだ。


 花野井さんは、まるで聖母のような温かい目できなこを眺めながら、ブラッシングを続ける。


 今日の午前中は、その様子を眺めているだけでも満足できそうなくらいだ。まあ、花野井さんはそれで満足行くとも限らないし、なにかしらやること決めないとな。


 とりあえず、あと10分ぐらいはこの光景を楽しもう。

 




 


 




 


 

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