第3話 ホームセンターにて


 「おぉい!?」


 帰宅後、またきなこが猫じゃらしを引きちぎって破壊した。これで今月3回目だよ……耐久性のあるおもちゃ買わないとだな。


 「遊べ〜」って感じに、鳴きまくって俺にアピールしてくる。


 「まじで爪立てるの痛いからね!?」


 アピールのついでに俺のズボンで爪とぎするのやめてくれ、穴開くから。


 しょうがない……近所のホームセンターにでも行って、猫のおもちゃを爆買いするとしよう。ストックがないと不安だ。


 

 家から自転車で10分かからないかぐらいのところにあるホームセンターに着いて、俺はまっすぐペット用品コーナーを目指す。


 ……あれって、花野井さんじゃないか?


 いや、間違いない。というか、間違えようがない。

 なにしろ、女神と呼ばれるほどだ。

 こないだは大雨の中茂みを探していたので気付かなかったが。


 ポニーテールにした、絹のように美しい髪が揺れているのが見える。

 上品な薄い桃色のワンピースを着ていて、なんだかイメージ通りだな、と思う。


 俺が手を伸ばせば届くぐらいの棚に、つま先立ちをして、頑張って手を伸ばしている。

 ぴょんぴょんと跳ねて取ろうとしているけど、ギリギリ届いていない。


 花野井さんは近づいてくる俺に気付いたらしく、顔を赤くして声をかけてくる。


 「あ、その……あれ、取ってもらえますか?」

 「わかった」


 俺はひょいっとカリカリを手に取り、花野井さんに手渡す。


 「ありがとうございます」


 ぱあっと明るい表情を一瞬見せて、お礼を言ってくれる。


 「うん。どういたしまして」


 俺はそう返すと、少しだけ離れたところのおもちゃコーナーを眺める。


 今までと同じのだったら確実に壊されてしまうしなあ。

 この釣り竿みたいなのにするか。ひもが太いし、猫キックにも耐えてくれそう。


 「猫村くん」

 「ん……?」


 いきなり花野井さんに声をかけられて、たじろぎかける。

 

 「……その、おすすめのおもちゃとかありますか? 飼い始めたばかりで、あんまり分からなくて」

 「そうなんだ、えっとねー」


 俺は色々棚を漁ってみる。その様子をじっと見られているので、なぜか緊張する。


 「これとかは?」


 魚の蹴りぐるみと、俺が買うのと同じ釣り竿みたいなおもちゃを提案する。

 これなら、遊んでる間に爪が当たったりしないだろう。


 「親切に教えてくれて、ありがとうございます」

 「うん、猫のことで聞きたいことあったら聞いてもらって大丈夫だから」

 「またよろしくお願いします」


 丁寧に頭を下げて言われると、そこまでのことではないのにな、と思う。

 でも、学校ではほとんど喋らないのに、猫のことであっても会話できるのは嬉しい。


 花野井さんが去って行ってから、俺は釣り竿みたいなおもちゃと、ちゅーるをカートに入れた。

 ちゅーるはなんと90本入りだった。多っ。


 とりあえず、買いたいものは買えたし、帰るとするか。



 「……あの、もう1つ聞きたいことがあるんですけど」

 「ん、どうした?」


 花野井さんはなぜかホームセンターの入口で俺のことを待っていた。不意をつかれて、ちゅーる缶落としかけた。


 「どうやったら1人でクロの爪切れますか?」

 「うーん……」


 その質問は難しいな。どうやろうとしても暴れるからなあ。


 「最初は1人だと難しいかな。でも、コツを掴めばできるようになるかと」

 「やってみます」


 質問は終わったはずなのに、そのまま花野井さんは俺の近くを歩く。まあ、近くって言ってもすぐ隣ではないが。


 お互い話すことなく、静かに家への道を歩く。一緒に帰ってるのに、話はしないので、距離感が全く掴めない。


 「今日も、ありがとうございました」


 ちょうど俺の家まで歩いてきたところで、花野井さんは言う。


 「あ、うん。じゃあねー」


 と言って花野井さんの後ろ姿を見送ると、向かいの家に入っていった。


 今日花野井さんについて分かったことは、とんでもなく家が近いご近所さんであるということだ。


 だからといってなにもないんですけど。


 

 早速、さっき買ってきたおもちゃで、きなこの相手をする。

 ちゃんと食いついてくれて良かった。あとは破壊されないことを祈る。



 

 突然、ピンポーンとインターホンが鳴る。あれ、俺ネットでもちゅーる頼んでたっけ?

 だとしたらストックが増えすぎて消費が追いつかない。一回俺が食べてみるか。


 「はーい」


 玄関を開けると……そこにはついさっき見送ったはずの女神がそこにいた。


 「……え?」


 幻覚ではないかなと疑って、目を擦る。でも、花野井さんの姿は変わらずそこにあった。


 「ちょっと頼み事があって……」


 花野井さんは言いづらそうに顔をちょっと背けて言う。

 その足元を見ると、キャリーケースの中からこちらを見つめてくるクロに気付いた。


 「その……どうしてもクロの爪が切れなくて」

 「うん、手伝うよ。とりあえず上がっていいよ」

 「お邪魔します」


 こないだと同じように、律儀にお辞儀をしてから花野井さんは家に上がる。


 さっき近所なだけでなにもない、って言ってたのをもう前言撤回しないといけないようだ。


 


 

 

 

 

 



  





 




 


 

 




 




 



 




 


 

 

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