第2話 再会
公園から、ほんの数分で俺の家まで着いた。
「お、お邪魔します」
おどおどとした様子で花野井さんは言う。たぶん、男子の家に入った経験がないんだろうな。
「……!」
ドアが開きっぱなしになっているリビングから玄関へと、クロがとことこ歩いてくる。
「良かった……」
クロは花野井さんの姿を認めると、走ってその足元に寄ってきて、頬を擦り付ける。
花野井さんはしゃがんで、そんなクロの体を愛しそうに優しく撫でると、クロはゴロゴロと喉を鳴らす。
そして、撫でる手をクロの顎の下に移す。
クロは気持ちよさそうに、目を閉じて花野井さんの手に身を任せている。
花野井さんはまるで女神かのような、慈愛に満ちた微笑みを見せる。
「……ごめんね、クロ」
花野井さんはクロを抱きかかえて、少し猫吸いをしてから言う。
名前、クロであってたんだ。……安直って言ったのは俺の考えが、だからね?
気付いたんだけど、たぶん今俺の存在忘れられてるよね。
「とりあえずタオルで髪とか拭く? けっこう濡れてるから、体冷えるよ」
しばらく時間が経ってから、俺はタオルを手渡す。風邪引きそうなくらいびしょ濡れだ。
「あ……!」
みるみるうちに耳まで真っ赤になる。ほんとに俺の存在忘れてたんだろうな。
「そ、その……ごめんなさい。クロを見つけてくれてありがとうございました」
「うん。花野井さんを安心させられて、俺も嬉しいよ」
「何かお礼させてください」
花野井さんは水滴を拭き取ったタオルを申し訳無さそうに俺に返す。
「いや、そんなの大丈夫だよ」
実際、学校ではほぼ見ることができない花野井さんの笑顔を見れたことがもう十分お礼を受け取ったみたいなものだ。クロも嬉しそうだし。
この思い出は、誰にも話さずに俺だけの宝物としておこう。……本音を言うと男子に隙を見せない花野井さんの笑顔を見れた、というのは自慢したいけれど。
「お邪魔しました。……ほんとに、ありがとうございました」
「うん。気をつけて」
また人一人になった俺の家のリビングに足を踏み入れると、きなこが待っててくれていた。
「きなこも玄関来たら良かったのに。もう見ることがないレベルの美少女が来てたんだぞ?」
俺は冗談めかしてきなこに言う。猫を飼ってる一人暮らしって、猫に話しかけるようになるんだなって最近感じてます。親が帰ってきた時に引かれそう。
次の日教室に入ると、隣の机にちゃんとカバンが置いてあるのを確認できた。風邪引いてなかったんだ、良かった。
「どうしたんだー? そんなに花野井さんが気になるのか?」
「そんなんじゃねえよ」
数少ない友人の1人である、紺野陽翔がからかうように声をかけてくる。俺に友人が少ないのは、誰よりも早く帰って猫を吸うからである。
つまり選択的ぼっち。……ぼっちまではないか。
「やめとけ」
「俺、なにも言ってないけどね!?」
「でもあの人が男子と喋ってるのみたいことないだろ? ……もちろん業務連絡は除いて」
俺がなにか言いかけたのを察して、陽翔は言う。
「それはそうだよな」
「俺たちは遠くから眺めるだけで満足するべき、ってことだ」
じゃあ、なおさら俺は満足するべきだな。すぐ近くで花野井さんのこと眺めたわけだし。
「とりあえず蒼大は、女子と話すとこから始めないと彼女はできねえぞ? モテそうなのに喋らねえからな」
「俺には猫がいるので」
俺は冗談っぽくそう言う。
ネコの国は近い。今日も早く帰って、お腹の上に鎮座されながら漫画でも読むか。
陽翔と話し終わって、そんなことを考えていると、いつの間にか朝の終礼まで終わっていた。
「じゃあ小テスト始めるぞー、始め」
へっ……? あ、なんにも勉強してない。単語帳開いてすらねえわ。
なすすべもなく一瞬のうちにテストが終わり、隣の花野井さんと解答を交換して採点する。
花野井さんは俺の解答を高速で丸付けし終えて、解答用紙を先に返してくる。
『昨日はありがとうございました』って、綺麗な字で下の方に書いてあった。俺も『どういたしまして、気にしなくて大丈夫だよ』と返事を書く。
猫の幸せは俺の幸せ。ゆえに迷惑をかけたなどと気に病む必要はまったくない。
2匹猫を飼ったらどうなるのかも分かったし。腕は2本あるのでなんとか対応可能。
2匹目飼うのもありだな、とか思っていたらあっという間に時間が経っていた。
今日も長い一日が終わって、一刻も早く猫を吸うため帰路につく。
花野井さんの可愛らしさは、猫っぽいところにあるのでは?という結論に至った。
授業中に猫以外のことを考えたのは久しぶりだ。
見た目はもちろんのこと、気を許さない相手には隙を見せない感じが猫っぽいような。
なんか1学年上のイケメンな先輩に言い寄られたけど、バッサリ切り捨てたらしい、という噂も聞いたことがある。
猫も女神も、適切な距離感を掴むのが大切なんだろうと思いつつ、帰り道を急いだ。
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