社会人⑤

 その日は遅くまで浩香と並んでテレビを観ながら他愛のない話をし、日が変わる頃になって浩香が可愛らしい欠伸をしたので就寝の準備をした。


 『じ、じゃあ浩香は僕のベッドで寝てよ。僕は床で寝るから。』


 『いいの?痛くない?』


 『大丈夫。』


 そう言って防災グッズとして持って来ていたマットとその上に寝袋を敷き、浩香がベッドの上に乗ったのを見て部屋の電気を消した。


 『おやすみ。』


 『おやすみ。』


 と言って寝袋の中に潜り込んだはいいが、浩香がすぐ傍に居る状況で眠れるわけもなく、ごそごそと寝返りを打ったり大きく深呼吸したりしていた。


 『眠れないの?』


 『いや、大丈夫。』


 そんなやり取りを何度か繰り返していると、不意に浩香がベッドの上で大きく動いたのかベッドのスプリングが軋む音が部屋に響いた。


 『どうした?』


 少し体を起こして浩香の方を見ると、浩香は布団を開いてベッドの上に座っていた。


 『こっち来て。』


 『え……』


 『寝付けにくそうだからこっちで一緒に寝よ?』


 『そ、それはダメだろ……』


 『何度も言わせない。』


 ちょっと強い口調で浩香が言った。


 (浩香は異性と寝るなんて思ってない……幼馴染と寝ると思ってるんだ……)


 何度も頭の中でそう言い聞かせた僕は、大袈裟に溜息を吐いて『仕方ない』という意思を前面に押し出しながらベッドの縁に腰を下ろし、再び体を横たえた浩香の隣に寝転んだ。

 何故か浩香に腕を取られ、要するに腕枕をしている状態になってしまっていた。


 (どういう状況なんだこれ?)


 浩香はもぞもぞと体を動かし、徐々に僕の体に抱き付いてきた。


 (え?いや……本当にこれはマズいだろ……)


 高鳴る心臓の音が確実に浩香に響いていると思った。

 抱き付き、顔を寄せてきた浩香の唇が僕の頬に触れる。

 (えっ!?)と思って顔が動くと、浩香の唇が僕の唇に触れた。

 いや、触れたというのじゃなく、浩香はちゅっちゅと僕の唇を啄んでいた。

 僕の上に上半身を圧し掛からせ、何度も唇を重ねて来た。


 『ちょ……ひ、ひr……』


 暗闇の中で慣れて来た目が、浩香の睫毛に光る涙を捉えて言葉を詰まらせた。


 唇を塞いで言葉を出せなくする浩香なんて……

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