第3話
太陽が大地から顔を出す前のゆっくりと明るくなってゆく時間帯に三人は今日の探索を始める。
「さてと、今日も昨日と一緒でいいか?」
「ああ、そうだな」
「今日はあっち探してみようよ」
真剣な眼差しで地図を見ていたジンとベラを傍目にスイが明後日の方向を指差す。
スイが指さした方角は川にも目撃情報があった場所にも程遠い方角だった。
「あっち?あっちは何もないぞ」
「うん、でもなんとなくあっちの方がいい気がするの」
「何か確証があるのだろうか?」
ベラは不安そうな顔をしてスイに尋ねた。
時間の無いベラからしては気まぐれで行動を起こされては困るのだろう。
「確証があるわけじゃないよ、ただそんな気がするだけだよ」
「つまり勘ってことか?」
「そうだね」
「勘だと⁉私に時間が無いのが分かっているのか?」
「うん、知ってるよ」
詰め寄るベラにスイは怖気づくことなくあっさりと返した。
その言葉を聞いたベラは怒りをこらえるようにわなわなと震えていた。
「勘か…分かった、今日はスイの言う方に行こう」
「ジンッ⁉」
「不安になるのは分かるがこういう時のスイの勘はよく当たるんだ」
「ッ、だが…」
「俺はスイの勘に従うのが一番の近道だと思う」
「だが確証など何も無いのだろう、そんなものに頼っていては見つからないかもしれないだろう」
「なら昼まで探して見つからなかったら戻るってのでどうだ?」
「…分かった、それならいいだろう」
ベラはそう言いながら深いため息をついた。ジンはベラとは逆にこの冒険の終わりが近いことを予感していた。
「…なあ、今からでも遅くはない」
三人が探索を初めて数時間が経過した頃ベラが痺れを切らしたように口を開いた。スイがベラの言葉を遮るように荒野の一部を指さした。
「ねえ、あれそうじゃない?」
スイが指さす先に荒野の中に小さく隆起している岩があった。
一見するとただの岩にも見えるが万が一を考え慎重に近づき、だいたい三十メートルほどの距離まで近づきスイの無言の合図に相槌で答える。
「爆ぜよ」
スイの魔法が岩山の側面に当たり大きく爆発するが岩の一部を削り取るにとどまったが直後に岩山が大きく震えだす。
小さい岩山はグルゥと低いうなり声を出して重たい頭を上げる。
魔法によるダメージはさほど無かったが体表を削られたことが気に食わなかったのか、その大きな体を回して三人を恨めしそうに眺める。
怒りに満ちているロックドラコンとは対照的にジンとスイはどこか自然体でその巨体を眺めていた。
「お、当たりだね」
「デカいな」
小さい岩山にも見えるほどの巨体で目的のロックドラゴンおおよそ13メートルは優にある体格だった。
「さて、どうしよっか」
「あれ魔法で浮かせられるか?」
「それくらいなら出来るけどどうするの?」
「首を落とす」
「大丈夫?」
「ああ、一年前よりは強くなっているからな」
スイはロックドラコンの巨体を眺め心配そうにジンに尋ねるとジンは笑いながらそう返すとスイは嬉しそうに笑った。
「そうだね、愚問だったね」
「じゃあ頼む、ベラはスイの護衛を頼んでもいいか?」
ジンがベラに尋ねるとベラは何も返すことなくロックドラコンに釘付けとなっていた。
「ベラ?」
返事の無いことを不審に思って横を確認するとベラは気を持ち直したように顔をジンに向けた。
「あ、ああなんだ?」
「スイが魔法を打つまで守ってもらえるか?」
「それくらいならお安い御用だが、私も君と共に戦えるぞ」
ベラはそう言いながら剣の柄に手を掛けるが、ジンがその行動を制止するように先に剣を抜いた。
「いや、今回の作戦の要はスイだ、だからベラにはそっちを頼みたい」
「それは分かるが君一人で大丈夫か?」
「ああ、前も二人だったしな。それに冒険者には人に見られたくない奥の手とかがあるんだよ」
「…そういうことなか、分かった、スイのことは任せてくれ」
ジンは不敵な笑みを浮かべながらベラに理由を言うと、ベラもそれに応えるように不敵に笑い返した。
「よし、やるか」
慎重に近づきながら全身に魔力を張り巡らす、全身の筋繊維に必要な分だけを纏わせるイメージで全身を強化してゆく。
ロックドラゴンは面倒くさそうにこちらを見てからその巨体からは想像できない速度で尾を横にはらう。
左から迫る尻尾を剣の柄頭を使い受けながら地面に力を流す。
完全に受け止め切り威力が無くなったところで一度体を捻りそのまま柄頭で殴り返す、大きな衝撃と共にロックドラゴンの尻尾の岩に小さなヒビが入る。
ゆっくりと後ずさったロックドラゴンはやっとジンを敵と認めたようで大きく開かれた双眸がしっかりとジンの目を見据えた。
ジンは荒野の王者の一挙手一投足を慎重に伺う。ロックドラゴンもまた生まれて初めて対峙する外敵の力を測るように睨みつける。
長いようで短い時間の果てに先に動いたのはロックドラゴンだった。
ロックドラゴンは小手調べするかのように体表の幾つかの岩を礫のように放射する、ジンが横に飛び避けると目の前にはロックドラゴンの大きく開かれた顎が迫る。
それをさらに左に避けつつ剣に魔力を込めロックドラゴンの左頬に一撃入れる。
「硬った・・」
体表の岩が砕けながらロックドラゴンが左に大きくのけぞるものの然したるダメージにはなっていないようだった。
ジンが追撃をかけようと足に魔力を回したその瞬間に右からロックドラゴンの尻尾が視界の端から勢いよく迫ってきた。
それをジンが躱そうとした瞬間にロックドラコンはそれを読んでいたかのように先程よりも速度を上げて射出された石礫が襲い掛かる。
ジンはそれを体をねじることで被害を最小限にとどめながら体内で魔力を練り上げる。
思い浮かべるのは昨日のスイが魔法を行使する姿、その姿を強く思いながら小さくされど力強く呟く。
「雷よ」
ジンの言葉に従い放たれた雷はロックドラコンに当たると同時に閃光へと変わった。
眩い光の中ジンとロックドラコンはお互いに距離を取って相手の出方をまた伺う。
緊迫した空気の中で先に動いたのはジンの方だった。
ジンが地面を駆けながらロックドラコンの側面へと回る。ロックドラコンもそれに呼応するように礫を打ちながらジンを寄せ付けないようにする。
ジンはそれを器用に魔法で撃ち落としながら徐々に距離を詰めて、ついにロックドラコンの横腹に剣で一撃入れようとするとロックドラコンは体を大きく回転させてジンを押しつぶそうとする。
そうした攻防を幾度か繰り返しお互いに手が出せなくなってきた時についにその時はやってきた。
「ジン!」
後ろで魔法の準備をしていたスイがジンに準備が整った合図を出す。
ジンはスイの魔法に巻き込まれない位置まで距離をとった。
「爆ぜよ」
その声とともにロックドラゴンの首下当たりが地面と共に爆発する、爆発がロックドラゴンの重い体を少し持ち上げるとすかさずスイが次の魔法を放つ。
「風よ」
スイから放たれた突風がロックドラゴンの体表の岩を大きく削り取りついに砕くことに成功する、ジンはとどめを刺すために全身と剣に大きく魔力を巡らせる。
「第一段階、解放」
その言葉と共にジンは地面をける、先ほどとは比較にならないほどの速度で迫るジンは碌に抵抗できないロックドラゴンの首に剣を走らせる。
ジンの剣がまるで豆腐を切るかのようにロックドラゴンの首を切るが、その首を落とすところまではいかなかった。それでも致命傷なのは誰の目からも明らかなほど大きく傷ついていた。
ジンが勝利を確信し気を抜いた瞬間に突風がジンを吹き飛ばした。
「ジン!まだだよ」
スイの声で気を引き締め直したジンが先ほどまで自分がいた場所を見るとそこにはロックドラコンの凶暴な手が叩きつけられていた。
死が確定したロックドラゴンが最後の悪あがきに出る。
尻尾、手、牙、そして体を覆う岩石の放射、ありとあらゆる手段を使いジンを道連れにしようとした攻撃も近距離はジンが、遠距離はスイが的確に受け止める。
それこそ文字通りの命懸けの攻撃は三十秒にものぼった。
体を覆う岩が無くなり一回りほど小さくなったロックドラゴンはついに動きを止めた。
そこら中に岩が飛び散っており肩で息をするジンと戦う前と大きく変わった荒野がこの戦いの過酷さを物語っていた。
「やった…のか」
「お疲れさま」
ジンが尻もちをつきつつ願望を込めて呟くと近くまで寄ってきていたスイがジンを労った。
砂にまみれたジンに比べスイは汚れ一つもなく、それを見たジンはため息を漏らした。
「もうちょっと俺のこと守ってくれてもよかったろ」
「どういい訓練になったでしょ?」
ジンがジト目で言った恨み言にスイはいたずらが成功した子供のような笑顔で返した。それを聞いたジンはわざとらしく大きくため息をつく。
「はいはい、ありがとよ」
「どういたしまして、それにもし本当に危なそうだったら守ったよ」
スイはそう言いながらジンの頭に手を置いた。
「成長したねジン」
「…そうだな」
スイの手を払うでもなくジンは動かなくなったロックドラコンの死体を見て感慨深そうにそう言った。
「そういえばベラはどうした?」
ジンがそう言いながら後ろを振り返ろうとした時にベラが二人に勢いよく抱き着いた。
「やったな、やったんだな!」
「ああ、そうだな。疲れているから出来れば放してくれると嬉しんだが…」
「そうだね、ちょっと痛いかな…」
「やったぞ!私はついにやりましたお嬢様!」
ベラは二人の抗議など一切取り合わずに興奮した様子で雄叫びを上げる。ジンとスイもその様子を見て諦めたのか力ない姿でベラが落ち着くのを待つことにした。
「そろそろ落ち着いた?」
「…すまない、できれば先程の姿は忘れてくれると嬉しい」
「えーどうしよっかな」
ベラが赤面しながら二人をそっと話すとスイはおどけたようにベラをからかった。
ジンはロックドラコンの死体を指さしてベラに尋ねる。
「心臓がいるんだろ?早く解体した方がいいんじゃないか」
「そうだが…私一人だと心もとないから手伝ってもらってもいいか?」
「うん、任せてよ」
ベラが恥ずかしそうに尋ねるとスイは自分の胸を叩きながら快く了承した。
ロックドラコンの死体はベラの注文通り臓器には傷一つなく、ベラはお目当ての一抱えほどの大きさの心臓を魔法が掛ったポーチの中に入れた。
「今回は本当に助かった、二人にはなんてお礼を言えばいいか」
三人が荒野から街に帰り街の中央に差し掛かったところでベラが畏まったように頭を下げた。
その様子を見たジンは少し寂しそうな顔をした。
「…もう行くのか?」
「ああ、すぐにこの心臓を届けなければいけないからな」
「そうか」
別れを目前としたジンは何と言えばいいのか分からずただ一言しか返せなかった。その姿を横から眺めていたスイは手を差し伸べるかのように口を開いた。
「もしまた会えたら今度はご飯でも食べに行こうよ」
「ああ、そうだな。その時は私が奢らせてもらおう」
スイはベラと会話をしながら魔法でジンの右手をそっと持ち上げてジンに目線を送った。
「またな」
「ああ、またどこかで」
ベラとジンは握手を交わして踵を返して街の喧騒の中へと消えて行った。
「寂しいの?」
ベラが見えなくなってからも動かないジンにスイは優しく尋ねた。
「…少しだけな」
「大丈夫だよ、またどこかで会えるさ」
スイはどこか確信を込めてジンに言葉を放り投げてジンの手を引いて歩き出した。
「それにしても心臓なんか何に使うんだろうな」
ジンはギルドの中で食事をしながらふと疑問を呟いた。
「多分薬じゃないかな」
「薬?」
「ロックドラゴンの心臓は第二の魔石って言われていて心臓に大量の魔力を貯めこんでるんだけど傷つくとその魔力が全部抜けちゃうんだよ」
「それが薬とどう関係してるんだ?」
「ロックドラゴンの場合は異常な生命力と関係していて薬として使うと普通は耐えられないような回復魔法とかに耐えられるようになるんだよ」
ロックドラゴンとの闘いの最後の三十秒を思い浮かべるとその話もあながち嘘ではないように思えた。
「助かるといいな、お嬢様ってやつも」
「そうだね」
そう言ってスイが柔らかく笑う、この笑顔が見ることができただけでも今回の依頼は無駄じゃなかったかもしれない、ジンはそう思って微笑みを返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます